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ラブコメ

可愛げがないと言われた私が、婚約破棄の夜にバルコニーの先で星を拾いました

作者: しぃ太郎
掲載日:2025/12/17

※本作は短編です。

よろしければ、気軽に読んでいただけると嬉しいです。



「ヴィオラ!なんでお前はいつも、俺の言葉に言い返すばかりなんだ!」


 華やかな夜会の場に、響きわたる婚約者ロバートの声。

 周囲が一瞬で静まりかえる。

 そして、好奇の目が私に降りかかった。


「いつもいつも……!本当に可愛げがない!うんざりなんだ!」

「ふふふ。うんざりなのが、あなただけだと思っていまして?」


 私も言い返す。

 黙っているなんて性に合わないわ。

 どうせ明日には社交界で噂になるでしょう。

 ならば、徹底的に反撃して――。


「ああ、わかった!お前みたいな可愛げがない女は、もういらない!婚約なんて願い下げだ!さっさと消えろ!」


「兄さん!」


 私とロバートの間に見慣れた男性が割り込んできた。

 声が震えて、その視線もロバートを避けているようだった。


 ――彼の弟のロアンだ。

 ロバートに言い返す前に、ロアンは一度息を吸い込んだ。


「これ以上、彼女に酷い事を言わないでください。……あなたも彼女の努力を知っているはずでしょう」


 目立つことが嫌いな彼が珍しく声を上げている。


「ああ、なるほどな!弟までたらし込んでたのか!」

「……な!」


 私が言い返そうとした瞬間、視界が暗くなった。

 頭を抱え込まれ、男性の胸に引き寄せられる。


 一生懸命、私の耳を塞ごうとしているみたいだった。

 視界が誰かの髪に遮られた。黒だわ……これはロアン?


 前髪は相変わらず長ったらしく顔を隠していて、服装も地味だ。

 そんな彼が何故こんなことを――。


 途切れ途切れに声が聞こえる。

 押しのけようとしても、彼は私の耳をそっと包むように、それでも力強く抱え込んでいた。


 ――え、なに?これは何がおきてるいるの?

 いきなり抱え込まれてわけがわからないわ!

 ロバートの暴言は相変わらず続いていた。


「お前は!とんだ女狐だ!まるで、娼婦のようだな!」

「なっ!」

「……これ以上は耐えられない。いくら兄さんでも言っていい事があるでしょう……」


 あんまりな言い様に、奥歯を噛み締める。ロバートに詰め寄ろうと、ぐっと力を入れて抜け出そうとすると――。


 私を抱え込んでいる腕がひどく震えている。理由はわからない。もしかして、怒ってくれているのだろうか。

 そして私の力ではびくともしない逞しい腕だった。

 これは、本当にあのロアンなの?

 いつも私たちに付いてきていた、小さな彼?


 この包まれたような感触とそして彼の温かい体温が心地良い。

 必死に守ってくれていると、心のどこかで感じる。


 そこで、ふっと息がつけた気がした。ぽんぽんと、安心させるようにロアンの腕を叩く。 

 それに気づいたのか、彼が力を緩めてくれる。


 私は、ビシッと扇子を突きつけてロバートに言ってやった。


「ええ、負け犬が煩くてうんざりですわね。見下している女一人にギャンギャン吠えている方がよっぽど恥ずかしいとお気づきなさい!」


「な、なんだと……!この!」


 顔を真っ赤に染めたロバートが私の腕を掴もうと手を伸ばしてくる――が。

 いきなり抱き上げられ、会場中がさらに騒がしくなる。


「きゃーー!!」

「すみません、これ以上はここに……あなたをいさせたくないんです……!」


 大きく揺れる視界。走り出す気配と、それに続く振動に翻弄される。


 ――え?そっちは、バルコニーなんだけれど……!?

 ここって何階だったっけ!?……二階!?


「な、な、なんで……!ま、まさか……!」

「大丈夫です……!僕が骨折しても、絶対に手を離しませんから……!」

「それは、大丈夫とは言わないのよ……!」


 目前に迫るバルコニーの手すり。

 私は声にならない悲鳴をあげた。彼の服にしがみつく。


 ――バッ!と私たちの身体が宙を舞った。


 目の前には夜空の星が散った……。

 周囲の音が消え、ふわりとした浮遊感を味わう。


 直後。

 ドシンっと地面が鳴り、強い衝撃が身体を伝わった。


 ――って! 死ぬかと思ったわ!


 無事に着地できたみたいだ。

 着地の衝撃で、頭がくらくらしてしまう。

 一瞬、地面に叩きつけられたかと思ったけれと……。


 心配そうに私を抱えて見下ろしている彼に、そっと指を伸ばした。もう滅茶苦茶だわ。

 髪をすくい上げて、隠れた瞳を見つめる。


「ねぇ、あなた、なんで前髪で顔を隠してるの?」

「え……」


 唐突すぎる話題だったからか、ロアンは驚いた声を上げて目を瞬かせた。

 それは、この夜空の星みたいな瞳たった。金に近い琥珀色の瞳。

 それまで私を見つめていてくれた輝きが、ふいっと逸らされる。露わになった耳が赤くなっている。


 ――かわいい。


 こんな眼差しを受け止めたことはなかった。

 私はいつだって、強くて逞しい女だと評判だったのだから。


「それに、淑女の醜態をさらした責任は取ってもらいますわ。大勢の前であんなに大声を出してしまうなんて……ふふふ!」


「す、すみません。あれ以上、あなたに傷ついてほしくなくて……。だって、あなたは誰よりも……」


 ようやくこちらを向いてくれた、彼の顔を包み込む。

 あぁ。やっぱり純粋できらきらしている。


「そうねぇ。じゃあ、顔を上げて。背筋を伸ばして……証明してごらんなさい。ロバートよりもよっぽど見どころがあるじゃない」


「……!は、はい!……二度とあんな言葉は、言わせません」


 強がった私の言葉にも素直に答えてくれる彼が、何故かとても――とても?これは、どういう感情かしら。


「でも、私は今さらあんな言葉では傷つかないわよ?」

「そ、それでも……。それでも、本当は傷ついて泣いていたでしょう?……僕はあの時は声をかけられなかったけれど」


 過去の話を持ち出されて、動揺してしまう。

 昔はそんなことも多かった。

 だから強くなろうと思ったのに――。


「……そ、それは子どもの頃のことよ……」

「でも。もういいですよね?……僕だって男です。ずっとあなたを想っていた……男なんですよ」


 男?そんなの最初から知っている……。

 けれど、こんなに逞しい腕だったかしら。こんなに力強くて簡単に私を抱き上げて……。


(……な、なに?そんな瞳で!)


 赤い顔でとても嬉しそうに、そして切なそうに私を見つめる瞳。

 逃げられない。

 彼はその指でそっと私の唇に触れた。……髪の毛を避けてくれたみたいだけれど……。


 突然、胸の奥が熱くなった。

 なに?顔があげられないわ。――こんなの私じゃない。しらない……。


「ヴィオラ嬢?」

「……!!」


 名前を呼ばれて我に返る。

 駄目だわ。彼といると調子が狂ってしまう。


「……私、いつも生意気だって言われてたのよ。泣きたいときは、いつも星空を見上げていたわ……」


 ロアンの背後には満天の星空。

 そして私の前には、隠れた輝きを放つ瞳。


 それを同時に視界に入れた、今この瞬間に。

 さっきの疑問の答えが見つかった。とても――そう、とても欲しくなったんだわ。


「今度から、……私だけのお星様を手に入れてもいいかしら」


 ロアンに向けて手を差し出す。

 彼は静かに息を呑み、そして私の手を取り指先にゆっくりとキスを落とした。


「僕だって……ずっと憧れて追い続けてきた人を、手に入れてもいいですか?」


 彼の頬に手を添えて不敵に笑い返す。熱を帯びた顔はきっと赤くなっている。それでも堂々とする。だってそれが私だわ。

 それに、欲しいものは手に入れたいじゃない。


「ようやく見つけた、私だけの星だもの。もう手放さないわ」


 ◇◇◇


 ――後日談――


 あの騒動の後、私はしばらく社交界から遠ざかるために領地で過ごしていた。

 久しぶりにゆっくりした日々だ。


「ヴィオラ様、そういえばロバート様って婿養子に出たらしいですわ。訳ありな方の所へ」


 メイドがお茶を入れながら、声をかけてくる。

 ふふふ。その話題ね。

 さすが、私が見込んだだけのことはあるわ。


 ロアンの後継者教育も順調で、優秀だと認められたという。

 本人が手紙で報告してくれている。私に褒められたがっているのが見え見えで可愛らしい。


「そうみたいね。もう興味もないけれど」


 ロアンを手放すつもりはないけれど――。

 曖昧な関係が少し寂しいのはどうしようもない。


 その時、メイドが耳打ちしてきた。

 その内容に頷いて、応接室に向かう。もどかしい距離に、つい早足になるのは許してほしい。

 だって――。


「ロアン!」

「ヴィオラ嬢」


 彼は、突然駆け寄ってきた私に一瞬目を瞬いて、それから破顔した。椅子から立ち上がり、私に向き合った。


「ようやく、貴女の隣に立つ準備が整いました。ヴィオラ嬢に見合う男になれたでしょうか」


「ええ、やっぱり私の目に狂いはなかったわね。そこらの男性よりも素敵よ」

「良かった。これで正式に申し込めます」


 髪を切り、背筋を伸ばしたロアンはまるで別人のようだった。

 あの夜隠れていた瞳は、もう力強い意思で煌めいている。

 彼はその場で、片足を引いてスッと私に手を差し出した。


「ずっと貴女を想っていました。結婚してください」

「ふふふ。まずは婚約からね。心変わりは許さないわよ?」


 私はゆっくりと彼の手に自分の手を重ねた。

 ロアンはその手をそっと掴み、手の甲にキスを落とした。


「大丈夫です。――絶対にこの手を離しませんから」


 あら。偶然にも、その台詞はあの日の夜を思い出させた。

 そうね。大怪我を覚悟して二階から飛び降りる人だもの。

 信じて身を任せても大丈夫だわ。


「ええ、期待しているわ。私が最初に見つけたんだもの。手放してあげないわよ?」


 

ここまでお読みいただきありがとうございました。 ヴィオラとロアンのその後も、少しだけ添えさせていただきました。

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