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薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


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第8話 セミダブルの境界線と、眠れない夜

「「却下!!」」


 俺と葵さんの声が、またしても完全に重なった。

 そりゃそうだ。セミダブルベッドに三人。しかも、年頃の女性二人とアラサーの男一人。

 物理的にも倫理的にも無理がある。


「なんでー? 詰めれば入るよ? 私細いし、お姉ちゃんも細いし」

「そういう問題じゃないの! 佐藤さんに失礼でしょ!」

「俺だって一応男だ。女の子二人と一緒に寝るなんてできないぞ」


 俺と葵さんで、茜ちゃんを必死に諭そうとする。

 しかし茜ちゃんは、どこ吹く風だ。


「えー? 健二さんなら大丈夫でしょ。それに、このまま譲り合ってたら、朝になっちゃうよ」


 小悪魔め。痛いところを突いてくる。

 確かに、こののまま話し合っても俺と葵さんの意見は平行線をたどるだけだろう。

 だけど、男としての本能を試されるようなシチュエーションは極力避けたい。


「と、とにかく! 俺は寝袋使って床で寝るから! 二人はベッドを使ってくれ。これは家主命令だ」


 俺はクローゼットの奥から、少し埃を被った寝袋を引っ張り出した。

 これなら床の硬さも多少はマシになるし、何より「個室」感が出る。

 だが、葵さんは頑として譲らなかった。


「ダメです。絶対にダメです。佐藤さんが床で寝て、もし身体を痛めたり風邪を引いたりしたら、私たち絶対後悔します」

「いや、でも……」

「私たちの不手際でご迷惑をおかけしているのに、寝床まで奪うなんてできません。佐藤さんがベッドで寝ないなら、私たち……あの部屋に帰ります」


 葵さんの瞳は真剣そのものだった。

 普段は控えめな彼女が、ここ一番で見せる頑固さ。その眼差しに射抜かれ、俺はたじろいだ。

 このままでは本当に平行線だ。そして、彼女たちを蒸し風呂部屋に帰すわけにはいかない。


「……わかった。じゃあ、俺もベッドで寝るよ」

「えっ!? ほんとに!?」


 茜ちゃんが目を輝かせる。

 葵さんは一瞬ホッとした顔をしたが、すぐに事態の重大さに気づいたのか、耳まで真っ赤になった。


「あ、あの……じゃあ、やっぱり三人で……?」

「……そうなりますね」


 俺は観念した。

 セミダブルとはいえ、三人で寝れば、すし詰め状態は避けられない。

 だが、背に腹は代えられないのだ。


 ***


 寝る場所の配置決めは、葵さんの独断で決定された。

 壁側に俺、真ん中に葵さん、端に茜ちゃん。

 一番安全な壁側を俺に譲るという配慮らしいが、結果として俺と葵さんが隣り合うことになる。


「じゃあ、電気消すよー」


 パチン。

 部屋が闇に包まれる。

 エアコンの駆動音と、外の雨音だけが響く静寂。

 そして――


 すぐ隣から伝わってくる、確かな熱量。

 毛布一枚を丸めて作った即席の「境界線」はあるものの、その向こう側に葵さんがいるという事実は、俺の脳を覚醒させるには十分すぎた。


 ……近い


 セミダブルの幅は約120センチ。

 そこに大人三人が並べば、必然的に肩が触れ合う距離になる。

 境界線の毛布越しに、葵さんの体温がじわりと伝わってくる。

 すぐ横、文字通り数センチ先に、葵さんがいる。

 間に挟んだ「境界線」の毛布なんか、まるで意味がない。

 彼女の体温が、じんわり、じんわりと伝わってくる。

 熱い。

 熱すぎる。


 肩が、ほんの少し触れあっただけでビクッとなる。

 そして、ふわりと漂う甘い香り。

 シャンプーの匂いだろうか。それとも、彼女自身の匂いだろうか。

 普段の生活では決して嗅ぐことのないその香りが、俺の理性をじわじわと揺さぶる。


『……狭くないですか? 佐藤さん』


 闇の中から、葵さんの囁くような声が聞こえた。

 耳元で囁かれたような錯覚に陥り、俺は心臓が跳ね上がるのを必死に抑えた。


『だ、大丈夫です。そっちは?』

『はい……大丈夫、です』


 小声で答えると同時に、彼女が少しだけ身じろぎした。

 スルッ、と毛布が滑る。

 次の瞬間、彼女の肩が、俺の腕にぴったりとくっついた。


『ん……』


 小さな吐息が漏れた。

 俺か? いや、葵さんだ。

 彼女も気づいたんだろう。慌てて少し離れようとしたけど、セミダブルに三人詰め込んでる状況で、離れる場所なんてない。


 薄いパジャマ越しでもわかる、女の子の柔らかさ。

 熱がじわじわと伝わってきて、俺の体温が急上昇する。


『……ご、ごめんなさい……動くと、逆に……』

『い、いえ……あんまり動くと、茜ちゃんが落ちちゃうし……』


 完全な密着状態。

 葵さんの呼吸が、少し速くなってるのがわかる。

 俺の心臓の鼓動も、ドクドクうるさいくらいに速くなっていく。


『……あの』


 彼女が、また囁いた。

 今度はもっと近くて、息がかかる距離だ。


『佐藤さん……寝れそうですか?』


 寝れるわけねぇだろ!!

 心の中で絶叫しながら、必死に平静を装う。


『う、うん……なんとか……』

『私……なんか、ドキドキしてしまって……』

『そ、そんなこと言われたら、俺も……』


 声が裏返った。


『……ふふ。ちょっと安心しました。私だけドキドキしてたら恥ずかしいなって……』


 闇の中で、彼女が小さく笑ったような気がした。

 そしてまた、彼女が身じろぎするのを体で感じる。

 

 生殺しすぎる。

 落ち着け、俺。相手は訳ありの隣人だ。

 下心なんて持っちゃいけない……


 必死に自分に言い聞かせるが、身体は正直だ。

 心拍数は上がりっぱなしだし、緊張で手汗も滲んでいる。

 茜ちゃんからは、すでに規則正しい寝息が聞こえてきていた。この状況で爆睡できる神経が羨ましい。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 雨音が少し激しくなってきた頃。

 隣の気配が、ふと動いた。


『……佐藤さん』

『……はい』

『起きて、ますか?』

『……ええ』


 とても眠れる状況ではないので、即答する。

 葵さんは小さく息を吸い込み、そして震える声で言った。


『あの……本当に、ありがとうございます』


 その言葉には、深い感謝と、安堵の色が混じっていた。


『電気が止まった時、どうしようかって……怖くて、情けなくて。茜の前では強がってましたけど、本当は泣き出しそうで……』

『……』

『佐藤さんが来てくれて、本当に救われました。ご飯の時も、今も……佐藤さんがいなかったら、私、どうなっていたか』


 毛布越しに、葵さんの手が動く気配がした。

 もしかしたら、涙を拭っているのかもしれない。


『私、佐藤さんに一生かかっても恩返ししなきゃですね』

『……えっ』


 不意打ちの言葉に、俺の思考が停止した。

 一生?

 それって、どういうな意味で捉えればいいのだろうか?

 いや、文脈からして「恩人として」という意味だろう。

 自惚れるな、俺。


『あ、あの! 変な意味じゃなくて! その、それぐらい感謝してるというか、頼りにしているというか!』


 葵さんも自分の発言に気づいたのか、慌てて訂正してくる。

 その狼狽え方が可愛らしくて、俺はふっと笑ってしまった。


『わかってますよ。……俺も、二人がいてくれて楽しいですから』

『……はい』


 葵さんの安堵したような息遣いが聞こえる。

 そして、小さな声で『おやすみなさい』と呟いた。


 その夜、深夜まで眠れなかった。

 だが、それは不快な不眠ではなかった。

 隣に誰かがいる温もり。

 守るべき存在がすぐそばにいるという充足感。

 境界線の向こう側にある柔らかな気配を感じながら、俺はいつの間にか意識を手放していた。

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