第31話(前編) 缶ビールと、王子様の本音
ザアザアと降りしきる雨音が、窓の外で響いている。
だが、俺の部屋の中は、外の嵐以上に荒れ模様だった。
ちゃぶ台を囲むようにして、俺、葵さん、茜ちゃん、そして星野さんが座っている。
だが、誰一人として口を開こうとしない。
重苦しい沈黙。ただ、エアコンの送風音だけが虚しく響いている。
俺の目の前に座る星野さんは、葵さんから借りたTシャツとスウェットに着替えていた。
星野さんは背が高い。葵さんよりも頭一つ分くらい大きいだろうか。
そのため、葵さんにはゆったりサイズのTシャツも、星野さんが着ると妙にピチッとしてしまい、身体のラインが強調されてしまっている。
「…………」
星野さんは、茹でたタコのように顔を真っ赤にして、膝の上でギュッと手を握りしめ、俯いている。
いつもの涼しげで完璧な「王子様」の面影はどこにもない。
恥ずかしさで爆発寸前の、一人の女性の姿だった。
「あ、あの……! 本当に、申し訳ありませんでした!!」
俺は、床に額を擦り付ける勢いで土下座する。
ギプスで固定された右腕が痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。
「俺、てっきり星野さんが帰ったものだと勘違いして……! 脱衣所に誰もいないと思って……! い、いや、言い訳ですね! すみません! 死んでお詫びします!」
「さ、佐藤さん! 違います!」
葵さんがオロオロと俺の肩を揺する。
「私が悪いんです! 私がちゃんと、佐藤さんに『星野さんがお風呂に入っている』って伝えておけば……! それなのに、お茶をこぼしたことに動転してて……」
「いや、確認しなかった俺が悪いんだ……」
俺と葵さんで、お互いに「自分が悪い」と言い合う謝罪のラリーが続く。
そんな中、一人だけニヤニヤと楽しげな空気を醸し出している人物がいた。
「いやー、健二さん。持ってるねぇ」
それは茜ちゃんだった。
彼女は頬杖をつきながら、ジト目で、しかし面白そうに口元を歪めて俺を見ている。
「まさか、あのタイミングで入っていくとはねー。確信犯じゃない?」
「ち、違う! 茶化すな茜ちゃん! こっちは寿命が縮んだんだぞ!」
「えー? 縮むどころか、星野さんの裸を見れて寿命延びたんじゃない?」
「なっ……!?」
「っ……!!」
茜ちゃんの『裸』という単語に、星野さんがビクリと肩を大きく震わせ、さらに深く俯いてしまった。
借り物のTシャツの裾をギュッと握りしめ、耳まで真っ赤に染まっている。
「も、もういいから……」
消え入りそうな声で、星野さんが呟いた。
「わ、忘れてくれ……。頼むから、さっきのことは……全部……」
「ほ、星野さん……」
「ボクの……不注意でもあったし……。鍵をかけ忘れたのはボクだから……」
星野さんは震える手で顔を覆う。その指の隙間から、潤んだ瞳が見える。
俺は改めて、自分の罪の深さを自覚した。
「……とにかく」
葵さんがパンと手を叩き、場の雰囲気を変えようと立ち上がった。
「佐藤さんも、ずぶ濡れで帰ってきたんですから、早く着替えてきてください。風邪ひいちゃいますよ。その間に、私は夕飯の準備をしますから」
「えっ、夕飯?」
「はい。このまま星野さんに帰っていただくなんてできません! 美味しいご飯を食べて、さっきのことは忘れましょう!」
葵さんの提案に、茜ちゃんも賛同する。
「そーだそーだ! 星野さんも、このまま帰ったら絶対モヤモヤするし、ご飯食べて元気出そ!」 「え、いや、ボクは……」
星野さんが腰を浮かせかける。
この気まずい空間から一刻も早く逃げ出したいのだろう。
だが、葵さんと茜ちゃんがそれを許さなかった。
「ダメです星野さん! 外はまだ土砂降りですし、服も乾いてません!」
「お姉ちゃんのご飯、すっごく美味しいんですよ! それに、健二さんのお詫びも聞いてもらわないと!」
二人に左右から腕を掴まれ、星野さんはタジタジになっている。
俺も、このまま彼女を帰すのは男として無責任だと思った。
せめて、誠心誠意お詫びをして、温かい食事で少しでも嫌な記憶を上書きしてもらいたい。
「星野さん……お願いします。このまま帰られたら、俺、一生後悔します。……せめて、お詫びの席を設けさせてください」
俺が真剣な眼差しで訴えると、星野さんは観念したようにため息をついた。
「……わかったよ。じゃあご馳走になろうかな」
***
葵さんが手際よく作った料理が、ちゃぶ台に並んでいく。
冷蔵庫のあり合わせで作ったとは思えない、彩り豊かな夕飯だ。
湯気と共に立ち上るいい香りが、緊張していた空気を少しだけ和らげる。
「星野さん……もしよければ、一杯いかがですか?」
「……え?」
俺が提案すると、冷蔵庫からとっておきのアイテムを取り出した。
「星野さん、ビールは飲めますか?」
「いや、ボクは……」
「せっかくだし、お茶ってのもアレかなって。……無理強いはしませんが、少し飲んでリラックスしませんか?」
星野さんは少し迷ったようだが、チラリと俺の出した缶ビールを見ると、遠慮がちに手を伸ばした。
「……じゃあ、一杯だけ」
「はい、どうぞ」
プシュッ。
缶を開ける軽快な音が響く。俺たちは缶ビールで静かに乾杯した。
「……ん、おいしい」
星野さんが一口飲み、ほうっと息を吐く。
その顔から、少しだけ緊張の色が抜けたように見えた。
「さあさあ、温かいうちに食べてください! 今日の料理は自信作ですよ!」
「「「いただきます」」」
星野さんが箸を伸ばす。一口食べた瞬間、彼女の目が丸くなった。
「……美味しい」
「でしょでしょ! お姉ちゃんの料理は世界一なんだから!」
「家庭的で、すごく優しい味だ……。とってもおいしいよ」
星野さんの箸が進む。
美味しい料理とお酒には、人の心を解きほぐす魔法があるらしい。俺と星野さんの二本目のビールが開く頃には、先ほどまでの重苦しい沈黙は消え、和やかな空気が流れ始めていた。
だが、異変は三本目のビールを開けた時に起きた。
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