第30話 緊張の面接と、王子様の正体
挨拶もそこそこに、ちゃぶ台を挟んで俺と星野さんが対峙する。
葵さんは「お茶を入れてきますね」とキッチンへと向かっていった。
茜ちゃんは、部屋の隅でニヤニヤしながら様子を伺っている。
「それじゃあ、単刀直入に聞くけど」
星野さんは、穏やかな口調ながらも、鋭い視線を俺に向けた。
「佐藤さん。……あなたは、葵ちゃんたちのことをどう思っているのかな?」
いきなりの直球質問。
俺はたじろいだが、星野さんの目は真剣そのもの。
これは、冷やかしではないと悟る。
「葵さんたちは……大切な、家族のように思っています」
「”家族”ね。……血も繋がらない、年頃の姉妹と、あなたが?」
「はい。不自然なのは承知しています。でも、俺には彼女たちが必要だし、彼女たちにも俺が必要だと思っています」
俺は正直に答えた。
星野さんはじっと俺の目を見て、それから小さく頷く。
「……なるほど。目は口ほどに物を言う、か」
星野さんの表情が少し緩んだ気がしたが、すぐに真剣な顔に戻る。
それから、星野さんによる”面接”が始まった。
仕事のこと、生活のこと、将来のビジョン。
まるで結婚相談所のカウンセリングのようだったが、その質問の一つ一つに、二人への思いが感じられた。
決して俺を詰問するわけではなく、俺という人間が信頼に足る人物かを見極めようとしている。
それから……30分、いや1時間ほど経った頃だろうか。
一通りの質問を終えたのか、星野さんはふっと肩の力を抜いた。
「……うん。君の人となりは、大体わかったよ」
「そ、そうですか……」
「疑ってすまなかったね。葵ちゃんがそこまで信頼する理由が、少し見えた気がするよ」
どうやら、及第点はもらえたらしい。
部屋の空気が少し緩む。
「あっ……」
キッチンで夕飯の準備を始めていた葵さんが、小さな声を上げた。
「どうしました?」
「お、お醤油が……切れてて……。予備があると思ってたんですけど……」
「ああ、それなら俺が買ってきますよ!」
俺はここぞとばかりに手を挙げた。
星野さんとの”面接”から、少しだけ解放されたかったのが本音だが。
「えっ、でも佐藤さん、腕のケガが……」
「いいんですよ、すぐそこのコンビニですし。ちょっと風に当たりたい気分なんで」
俺は財布を掴み、「すぐ戻ります!」と言って部屋を飛び出した。
背後で、星野さんが「……逃げられちゃったね」と笑う声が聞こえた気がした。
***
「行っちゃいましたね……」
佐藤さんが慌ただしく出て行ったドアを見つめ、私は苦笑した。
星野さんも、楽しそうに笑っている。
「ふふ、可愛い人だね。……さて、彼が戻るまで待たせてもらおうかな」
「あ、はい! すぐにお茶を淹れ直しますね!」
私は、急須にお湯を注いだ。お茶請けをお皿に乗せ、お盆を持ってちゃぶ台へ向かう。
その時だった。
ゴロゴロ……ッ!
突然、外で雷が鳴った。突然の大きな音に私は驚いて、足をもつれさせてしまった。
「あっ……!」
「っと、危ない!」
星野さんが咄嗟に手を伸ばしてくれたが、お盆の上のお茶が宙を舞う。
バシャッ!
熱いお茶が、星野さんのシャツにかかってしまった。
「ああっ!! ご、ごめんなさい星野さん!!」
「だ、大丈夫だよ。そんなに熱くなかったから」
星野さんは苦笑いしているが、白いシャツは茶色く染まり、肌に張り付いてしまっている。
幸い火傷はなさそうだが、このままでは風邪をひいてしまう。
「ど、どうしよう……服が……」
「お姉ちゃん、とりあえずシャワー貸してあげなよ!」
とっさに茜が助け舟を出す。
「そ、そうね! 星野さん、シャワー浴びてください! 服も洗って乾かしますから!」
「え、いや、悪いよ。すぐ乾くと思うし……」
「ダメです! 風邪ひいちゃいます! 私の責任ですから、お願いします!」
私が必死に頼み込むと、星野さんは観念したように頷いた。
「わかった。……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
私は星野さんを浴室へ案内し、タオルと私の部屋着(大きめのTシャツとスウェット)を用意した。
「すみませんでした、服は私が洗っておきますね……」
「ありがとう、葵ちゃん」
浴室のドアが閉まり、シャワーの音が聞こえ始める。
私は濡れたシャツを洗濯機に入れながら、ふと窓の外を見た。
先ほどの雷から、雨が降り出してるみたい。
それも、かなりの土砂降りのようだ。
「佐藤さん……大丈夫かな」
***
「うわっ、マジかよ!」
コンビニを出た瞬間、俺は雨の洗礼を受けた。
さっきまでは降っていなかったのに、にわか雨だろうか。
傘なんて持っていない。だからと言ってコンビニで買うのも勿体ない気がする。
幸い、アパートまで走れば5分で着く。
部屋に戻って、タオルで拭けば問題ないだろう。
そう考えた俺は、買ったばかりの醤油の入った袋を抱え、アパートまで走った。
バシャバシャと水たまりを踏み、ずぶ濡れになりながら階段を駆け上がる。
202号室の前までたどり着いた時には、俺は水も滴るいい男……ではなく、ただの濡れ鼠になっていた。
思ったより濡れちゃたな……。
「ただいまー……! 酷い目に遭った……」
ドアを開けて飛び込む。
「あ、健二さん! おかえり!」
「佐藤さん! だ、大丈夫ですか!? びしょ濡れじゃないですか!」
葵さんと茜ちゃんが駆け寄ってくる。
「ああ、参ったよ。急に降ってきてさ。……ほら、醤油」
「あ、ありがとうございます! ごめんなさい、私のせいで……」
「いいってことですよ。……あー、冷たぁ」
Tシャツが濡れて肌に張り付く。
ギプスの隙間に水が入ったら厄介だ。
「とりあえずタオルで体を拭いてきますね。……ん?」
そういえば、星野さんの姿がない。
雨も降ってきたし、帰ったのだろうか?
「あ、佐藤さん。星野さんが今……」
葵さんが何か言いかけたが、俺は寒さに震えながら脱衣所へ向かった。
タオルのストックは、脱衣所の棚に置いてある。
俺は何も考えず、脱衣所のドアを開けた。
ガチャリ。
そこには、湯気が充満していた。
そして。
ちょうどシャワーを浴び終え、バスタオル一枚だけを体に巻いて、浴室から出てきた人物がいた。
「ふぅ、さっぱりした……あ」
濡れた髪をかき上げるその人。星野樹さん。
だが、その姿は、俺の知っている「イケメンの星野さん」とは、決定的に違う部分があった。
白い肌。鎖骨の繊細なライン。
そして、バスタオルの上からでもわかる、胸の膨らみと、女性特有の柔らかな曲線美。
「……え?」
俺の思考がショートした。
男性じゃ……ない?
どう見ても……女の人だ。
俺と星野さんの目が合う。
数秒の沈黙。そして。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
星野さんの口から、見た目からは想像もつかないほど高い、可愛らしい悲鳴が上がった。
「うわあああああっ!!? す、すんませぇぇぇんっ!!!」
俺は反射的にドアを閉め、盛大にすっ転んだ。
リビングから、茜ちゃんの爆笑する声が聞こえてくる。
外の雨音よりも激しく、俺の心臓が早鐘を打っていた。
イケメンの星野さんが、まさか女性だったなんて。
俺の平穏な日常(?)に、また一つ、強烈な爆弾が投下された瞬間だった。




