第28話 爽やかな笑顔と、笑っていない目
「えっ? ど、どういう意味ですか?」
「いいかい? 今の話、客観的に見て……少し、怪しい気がするんだ」
星野さんは身を乗り出し、切実な表情で私に訴えかけました。
「モールで見かけた時、彼は……失礼だけど、冴えない感じの、君よりだいぶ年上の男性に見えた。そんな人が、君みたいな若い女性と、ましてや、高校生の妹さんに近づくなんて……普通じゃない」
「そ、そんなことありません! 佐藤さんは本当に優しくて……!」
「優しさなんて、いくらでも演技できるんだ」
星野さんの鋭い口調に、私はビクリと肩を震わせました。
「葵ちゃん。君は前の職場で、上司の男に酷い目に遭わされたよね? 君は人が良すぎるから、悪い男に付け込まれやすい」
「そんな……」
「その、佐藤という男……。君の好意を利用して、君たちを『便利な女』として囲い込もうとしているんじゃないか?」
既に星野さんの脳内では、完全に悪いストーリーが出来上がっているようでした。
佐藤さんが、私と茜を家政婦扱いしている悪い男として……。
確かに、何も知らない第三者から見れば、「独身の男性が、二人暮らしの姉妹に家のことをさせている」という構図は、怪しく見えるのかもしれません。
でも、佐藤さんはそんな人じゃない。
むしろ、私たちが押しかけているようなものですし……。
「否定したい気持ちはわかるよ。……けど、世の中は良い人たちばかりじゃないんだ。実際、ここの会員の方だって、本当の姿を取り繕って活動している方も一定数いる」
「いえ、佐藤さんはそういう方ではないんです……!」
「……僕は職場の先輩として、そして友人として……君が傷つくのを黙って見ていられないんだ」
ダメです。もう私の話は聞こえていないようでした。
星野さんは立ち上がり、ジャケットの襟を正します。
その姿は、まさに悲劇のヒロインを救おうとする騎士。
「葵ちゃん、決めたよ」
「な、何をですか……?」
「今夜。……君たちの家に行く」
――はい!?
私は素っ頓狂な声を上げました。
星野さんが? あのアパートに?
「その『佐藤』という男に会わせてもらおう。僕が直接会って、本当に君を任せられる男かどうか、一度見極めさせてもらうよ」
「ええええっ!? む、無理です! 困ります!」
「どうして? やましいことがないなら、会わせられるはずだよね?」
「それはそうですけど……! 部屋も散らかってますし、星野さんも仕事で疲れてますし……!」
「大丈夫。遠慮はいらないよ。それに、彼と少し話すだけさ」
星野さんは爽やかな笑顔(でも目は笑っていない)で断言しました。
「もし彼が、君を利用しようとしているだけの男だったら……その時は、僕が全力で君を守るから」
星野さんは私の肩に手を置き、ポンポンと優しく叩くと、「じゃあ、また後で」と言い残して颯爽とデスクに戻っていきました。
残された私は、呆然とその後ろ姿を見送るしかありませんでした。
(ど、どうしよう……!)
大変なことになりました。
星野さんは完全に、私と佐藤さんが付き合っていると勘違いしています。
しかも、佐藤さん(悪い男)に騙されているとも……。
そして、今夜、どんな男性かを査定しにやってくるというのです。
星野さんに詰め寄られたら、佐藤さんはどうなってしまうのでしょう。
それに、茜もいます。茜のことだから、星野さんを見たら「もしかして、お姉ちゃんの彼氏!?」なんて面白がって、さらに場を混乱させるに決まっています。
私の頭の中に、今夜起こるであろう地獄絵図が鮮明に浮かび上がりました。
ひだまり荘のちゃぶ台を囲んで、ギプス姿の佐藤さんと、スタイリッシュな星野さんが対峙する図。
なんだか胃が痛くなってきました。
せっかくの幸せな月曜日の朝が、一瞬にして嵐の前の雰囲気に変わってしまいました。
私は震える手でスマホを取り出し、佐藤さんにメッセージを送ろうとしました。
でも、なんて送ればいいのでしょうか?
『今日、職場の先輩が、あなたを悪徳詐欺師だと思って殴り込みに来ます』?
そんなの送ったら、佐藤さんは帰ってこれなくなるかもしれません。
「……神様。これは私が浮かれていた罰なんでしょうか」
私は天井を仰ぎ、深いため息をつきました。
星野さんの誤解を解くには、実際に会ってもらって、佐藤さんの誠実さを知ってもらうしかありません。
佐藤さんに会えば、きっとわかってくれるはず。
あの優しくて、不器用で、温かい人柄なら。
……たぶん。おそらく。きっと。
私は覚悟を決め、業務に戻りました。
定時までの時間が、カウントダウンのように刻一刻と迫っています。
今夜の「ひだまり荘」は、きっと大変なことになるでしょう。
私は心の中で、佐藤さんに謝り続けました。
ごめんなさい、佐藤さん。
今日の夕飯、佐藤さんの好きなメニューにしますから……どうか、許してください……!
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