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薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


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第3話 奴との戦いと、その後

 Gとの戦いは、ほんの十数秒で決着した。

 エアコンの上で仁王立ちしていた黒い悪魔を、俺は真正面から睨みつける。

 奴は、頭のアンテナをピクピク動かしながら、完全にこちらを舐めきっている様子だった。

 だが……そんな余裕な顔、いつまでもつかな?


「――っせぁ!!」


 短く息を吐き、指で引き金を引く。

 シューッッ!!

 白い薬剤の霧が一直線に奴の胴体を直撃した。


「ギィィィィ!!」


 奴が悲鳴のような羽音を立てて、エアコンから落下する。

 その瞬間を逃さず、俺はさらに追撃の一噴射。

 床に落ちた奴は、まだピクピクと足をばたつかせている。

 絶対に逃がさん。

 俺は一歩踏み込み、丸めた新聞紙を振り上げた。


――バシィィィッ!!


 乾いた音が部屋に響く。

 奴の動きが、完全に止まった。


「……よし」


 俺はティッシュを何枚も重ねて、慎重に遺骸を包み込む。

 流石に指先が少し震えたけど、姉妹にはバレてないはずだ。

 包んだティッシュをビニール袋に二重封印して、しっかり結ぶ。

 これで完璧だ。

 戦いが終わったことを二人に報告しようと、後ろを振り返る――


 彼女たちは固く抱き合い、肩を小刻みに震わせていた。

 まるで、嵐が去るのを待つ子猫のように二人で縮こまっているようだ。


「終わりましたよ」


 その一言で、二人の止まっていた時間が動き出す。


「え……ほ、本当に……?」


 茜ちゃんが恐る恐る顔を上げる。

 俺がビニール袋を軽く振って見せると――


「うわぁぁぁぁん!!」


 今度は嬉し泣きだった。

 茜ちゃんが飛びついてきて、俺の腕にしがみつく。


「お兄さん! すごい! かっこよすぎるよぉ! まるでヒーロー! 映画みたい!!」


 勢い余って胸に顔を押し当てられ、柔らかい感触と甘い香りが――って、いい加減にしろ俺よ。

 葵さんも、ゆっくり立ち上がると、涙で潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

 その儚げな顔が、ほんの少し赤らんでいる。


「……ありがとう、ございます。佐藤さん……本当に、本当に助かりました……」


 深々と、丁寧に頭を下げられる。黒髪がさらりと揺れて、なんだか胸がきゅんとした。


「いえ、そんな大したことじゃ……」


 俺は照れ隠しに、持ってきたゴキジェットと、予備のブラックキャップをテーブルに置いた。


「これ、置いていきますね。ブラックキャップは隅っこに置いとくだけで効果あるんで」

「え、でも……そんな、悪いです……」

「俺の部屋にはまだ箱買いしたやつが余ってるんで。気にせずにどうぞ……」


 そう言って、出来るだけかっこよく自分の部屋に帰ろうとした、その時だった。


ぐぅぅぅぅぅ~~~~~~~!!


 部屋中に響き渡るような、立派すぎる腹の音。

 出処は――なんと、葵さんの細いお腹からだった。


「っ……!!!!」


 葵さんが顔を真っ赤にして、慌てて両手でお腹を押さえる。


「う、うう……恥ずかしい……殺してください……」

「ちょ、お姉ちゃん! 大丈夫だよ! 私もお腹鳴ってるし!」


 茜ちゃんはフォローしてるつもりらしいけど、完全に墓穴を掘ってる気がする。

 ……そういえば。

 引っ越しの挨拶の夜、隣の部屋から聞こえてきた『今月はもう、夕飯も”もやし炒め”で乗り切るしかないね!』 という言葉を思い出す。

 改めて部屋を見渡すと、テーブルの上に、本当にもやし”だけ”が山盛りになった皿がポツンと置いてあった。

 しかも、Gパニックで時間が経ってしまったそれは、完全に冷めてしまい、水分が抜けてシナシナの状態になっているように見える。

 普段からまともな食事がとれておらず、そこにGがいなくなったという安心がスパイスとなって、お腹の虫が爆発したのだろう。

 部屋の隅に置かれた冷蔵庫も、開けたら空っぽなんじゃないんだろうか。


 32歳、独身、彼女無しのノルマ地獄の社畜営業マン。

 これは、お節介かもしれない。

 でも、このまま二人を空腹のまま放置するなんて、男として……いや、人としてどうなんだ。


「……あの」


 意を決すると、少し震えるような声で、言った。


「もしよかったら、俺の部屋でご飯食べませんか?」


 姉妹が同時に顔を上げ、きょとんとした表情を浮かべる。


「え……?」

「……実は、今日カレー作りすぎちゃって。一人で食べきれなくて困ってたんですよね。誰か食べてくれないかなって……」


 ――嘘だ。

 冷蔵庫には玉ねぎと人参とじゃがいもと豚バラがまるまるあるけど、カレーなんて作ってない。

 でも、30分もあればなんとか作れるだろう。

 見る見るうちに、茜ちゃんの目がキラッキラに輝いていく。


「カレー……!? お肉、たくさん入ってるやつ!?」

「ああ、豚バラたっぷり。トロトロになるまで煮込んでるやつ」

「うわぁぁぁ!! お姉ちゃん!! 行こうよ!! 絶対行こうよ!!」


 茜ちゃんが葵さんの腕をぐいぐい引っ張る。

 葵さんは一瞬ためらったが、お腹がまた小さく「ぐぅ……」と鳴った瞬間、観念したみたいに小さく頷いた。


「すみません……お、お言葉に甘えても、よろしいでしょうか……?」


 その声は震えていて、でもどこか期待に満ちている声色だった。

 こうして――

 築35年のボロアパート「ひだまり荘」の、薄い壁一枚隔てた隣人同士。

 俺の部屋で、三人での奇妙な夕食会が始まることになった。

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