第26話(後編) 美人姉妹と、初デート
(……え? あれって茜だよね……?)
トレイを持ったまま、その場に立ち尽くしていたのは、茜のクラスメイトの天川 美南だった。
友達と遊びに来ていた彼女は、フードコートへ向かう途中で、見覚えのあるショートカットの少女を見つけたのだ。
「美南? どうしたの?」
「あ、ううん。なんでもない……」
友人の声に、アタシは慌てて視線を逸らす。
でも、見間違いじゃない。あれは間違いなく、月本茜だ。
いつも学校では明るくて、男子とも対等に話す元気キャラのあの茜が。年上っぽい男にデレデレしながら、食べさせ合いっこをしているようにしか見えない。
しかも、その男の反対側には、ものすごい美人が座っていて、そっちの人とも親しげだ。
(茜……彼氏いないって言ってたのに。あんな年上の人と?)
しかも、あの距離感。ただの親戚のおじさんには見えない。
直感だが、茜の顔は、完全に恋する乙女のそれだった。
(これは……月曜日に問い詰めなきゃだね)
ニヤリと笑い、スマホを取り出すと、遠目からこっそりとスマホのカメラを向けるのであった。
***
俺たちは食後、ショッピングモール内を少し散策することになった。
途中、茜ちゃんが「パンリオグッズのお店だ! ちょっと寄ってくるねー」と言って、キャラクターグッズ店へ走っていく。
珍しく、俺と葵さんの二人きりになる時間が訪れた。
「茜ったら……。すみません、自由な子で」
「いえいえ、俺たちはちょっと休憩しましょうか」
俺と葵さんはモールの吹き抜けにあるベンチに腰掛ける。
人が行き交う喧騒の中にありながら、二人の間には穏やかな空気が流れていた。
「……お疲れ様です、佐藤さん」
「葵さんも。茜ちゃんのパワーに付き合うのは大変ですよね」
「ふふ、本当に。……でも、あの子、すごく楽しそうでした」
葵さんが遠くを見つめて呟く。その横顔は、穏やかで美しい。
「……佐藤さん」
「はい?」
「今日は、来てくださってありがとうございました。……本当は、私一人で付き添ってもよかったのですが、佐藤さんがいてくれた方が、茜も喜ぶと思って……」
「いえ、俺も楽しいですよ。誘って貰ってよかったです」
俺がそう言うと、葵さんは少し顔を赤らめた。
そして、俯きながら小さな声で言う。
「……私も、です」
「え?」
「私も……佐藤さんと一緒で、楽しかったです。その……茜の付き添いじゃなくて、その……」
言葉を濁す葵さん。
その横顔は、夕焼けのような朱に染まっている。
「……まるで、デートみたいだなって。少しだけ、思っちゃいました」
蚊の鳴くような声。
でも、俺の耳にははっきりと届いた。
普段は理性的で、「お姉ちゃん」であろうとする彼女がだ。
その破壊力は凄まじい。
「……俺もです」
思わず、俺も素直な気持ちを口にしてしまう。
「俺も、なんだかデートみたいだなって思ってました」
「さ、佐藤さん……」
熱がぶり返したように、顔が熱くなっているのがわかる。
二人の視線が絡み合う。周囲の雑音が遠のき、世界に俺と葵さんしかいないような錯覚に陥る。
その時。俺の背中が、ゾクリとした。
誰かに見られているような、鋭い視線を感じる。
ふと視線を上げると、吹き抜けの向こう側、一つ上のフロアの手すりに、誰かが立っているのが見えた。
モデルのようにすらりとした長身。
仕立ての良いジャケットを着こなしでおり、遠目だが、かなり美男子に見える。
(……誰だ?)
その人は、じっとこちら――正確には、俺の隣にいる葵さんを見つめていた。
その表情は、驚きとも、あるいは別の感情とも取れる複雑なものだった。
俺と目が合うと、ふっと目を細め、すぐに踵を返して人混みの中へ消えていった。
「……さん。あの……佐藤さん? どうしました?」
ようやく、自分が呼ばれていることに気づく。
葵さんは俺の視線の先を追って、視線を上げるも、そこにはもう誰もいなかった。
「何かありましたか?」
「あ、いや……なんでもないです。ちょっと知り合いに似てる気がして」
「そうだったんですね……」
葵さんは不思議そうに首を傾げる。
彼女は、自分が見られていたことに気づいていないようだった。
「おーい! 二人ともー! 何してんのー!」
茜ちゃんが、大きな袋を抱えて走ってきた。
魔法が解ける。俺たちは慌てて距離を取るのだった。
***
帰りのバスで、俺たちは一番後ろの席に横並びで座った。
右の窓側に茜ちゃん、真ん中に俺、左に葵さんの並びだ。
遊び疲れたのか、バスが揺れ始めるとすぐに、茜ちゃんは船を漕ぎ始める。
そして、カクンと俺の肩に頭を預けた。
「……寝ちゃいましたね」
「はしゃぎすぎですよ。まるで子供だな」
俺と葵さんは顔を見合わせて笑う。
窓の外では、夕日が街をオレンジ色に染めていた。
バスの揺れが心地よい。ふと、左側――葵さんの方から、遠慮がちな重みを感じた。
見ると、葵さんもまた、うとうとして身体が傾いているようだった。俺の左肩に、彼女の頭が触れるか触れないかの距離で揺れている。
俺は少しだけ身体を左に寄せた。すると、ストンと葵さんの頭が、俺の肩に乗る。
彼女は目を覚ますことなく、安らかな寝息を立てていた。
右肩に茜ちゃん。左肩に葵さん。両肩に感じる、心地よい重みと温もり。
バスが夕暮れの街を走る。
俺は二人が起きないように、できるだけ身体を動かさないよう息を潜めた。
「ひだまり荘」までの道のりが、もう少しだけ長く続けばいいのに。
柄にもなくそんなことを願いながら、俺は車窓を流れる景色を眺めていた。
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