第26話(前編) 美人姉妹と、初デート
週末の駅前広場は、幸福そうな家族連れやカップルでごった返していた。
9月も半ばを過ぎたというのに、残暑の日差しはまだ強く、アスファルトからの照り返しが容赦なく肌を焼く。
だが、俺が大量の汗をかいているのは、この暑さのせいだけではない。
待ち合わせ場所の時計台の下。俺は、周囲からの痛いほどの視線に居心地の悪さを感じていた。
三角巾で吊った右腕。 ヨレヨレではないものの、着古したポロシャツにチノパンという冴えない私服……。
そんな俺の両脇に、不釣り合いなほどの美少女二人が侍っているのだから、見世物になるのも無理はない。
「……バス、まだかなー。早く行きたいよー」
「茜、少し落ち着きなさい。もうすぐ来るから」
右には、白いオフショルダーのブラウスに、デニムのショートパンツという活発な装いの茜ちゃん。
健康的な太ももが眩しすぎて、直視できない。
左には、淡いラベンダー色のロングワンピースに、白いカーディガンを羽織った葵さんがいる。
清楚で涼しげなその姿は、まるで避暑地にいるお嬢様のようだ。
この「両手に花」ならぬ「両手に高嶺の花」状態。
アラサーのおじさんが、彼女たちと一緒にいるのは明らかに不自然であった。
「あ、佐藤さん、バスが来たみたいですよ」
「よーし! 出発進行!」
茜ちゃんが無邪気に俺の左腕にギュッと抱きつき、グイグイと引っ張る。
柔らかい感触が腕に伝わり、俺の心拍数は早々にレッドゾーンへ突入した。
葵さんが「もう、茜ったら……」と呆れつつも、俺の右側――怪我をしている側をガードするように寄り添ってくれる。
葵さんなりの気遣いなのだろうが、ふわりと香るシャンプーの匂いに、俺の理性が更に揺さぶられた。
今日の目的は、茜ちゃんの沖縄への修学旅行用の水着選び。
行き先は、隣町にある巨大ショッピングモールだ。
男一人、女二人でのお出かけ。俺のギプスの中で、骨とは別の何かが疼くような予感がしているのだった。
***
ショッピングモールの中は、冷房が効いていて快適であった。
だが、目的のエリアに近づくにつれ、俺の歩みはどんどんと重くなる。
3階、レディースファッションフロア。その一角にある、女性用水着売り場。
色とりどりのビキニやパレオがディスプレイされたその場所は、独身アラサー男にとって、踏み入ることを許されない「聖域」であり、同時に「魔境」でもあった。
「うわぁ! すごーい! いっぱいある!」
茜ちゃんが目を輝かせて売り場を見渡す。
俺は売り場の入り口付近で、結界に阻まれた悪霊のように立ち尽くした。
さすがに、この中に入るのはハードルが高すぎる。
「あ、俺は外で待ってるから……」
「えっ!? ダメだよ健二さん!」
逃亡を図ろうとした俺の左腕を、茜ちゃんがガシッと掴んだ。
「だ、だって、こんなところ、おっさんは入っただけで通報されるぞ!」
「一人じゃないじゃん! 私たちがいるでしょ! ほら、行くよ!」
「ちょ、茜ちゃん!? 力強っ……!」
茜ちゃんは俺の左手を両手で包み込み、グイグイと売り場の中へ引っ張っていく。
見た目によらず力が強い。いや、俺が及び腰なだけか。
「あ、茜! 無理に引っ張らないの! ……すみません、佐藤さん。私もついてますから、行きましょう」
葵さんも苦笑しながら、しかし止めることなく後ろからついてくる。
こうして俺は、極彩色の布切れが並ぶエリアへと強制連行されたのだった。
周りを見ると、女子高生グループやカップルばかり。
ギプスをしたおっさんが、女子高生に手を引かれてビキニを眺めている構図はとても怪しい。
通報されないことだけを祈りながら、俺は茜ちゃんに引きずり回される。
「ねえねえ健二さん! これとかどう? 今年の新作だって!」
茜ちゃんが、展示用のハンガーにかかっていた、明らかに布面積の少ない水着を俺の顔の前に突き出す。
鮮やかなハイビスカス柄のビキニだ。
「ど、どうって言われても……。なんというか……布の部分が、少なくないか?」
「えー? 今はこういうのが流行りなんだよ!」
「茜、それは少し派手すぎない? 高校生なんだから、もう少し慎みのあるものにしなさい」
葵さんも横から口を挟む。そんな彼女の手には、紺色のワンピースタイプの水着が握られていた。
いかにも「葵さんが選びそう」な堅実なデザインだ。
「えーっ! そんなスク水みたいなのヤダよ! せっかくの沖縄だよ? 弾けなきゃ損じゃん!」
「弾けるのと露出するのは違います。……佐藤さんも、そう思いますよね?」
葵さんが同意を求めてくる。ここは賛同するのが無難だろう。
「ああ、そうだ……」と言いかけたところで、茜ちゃんの顔を膨らまして不満そうな表情が目に入る。
茜ちゃんのバイト代で買うんだから、好きなものを選ばせてやればいいじゃないかと思い直した。
「まあ……一生に一度の修学旅行だし、茜ちゃんの好きなものを着るのが一番じゃないかな。……ただ、あまりにも際どいのは、俺としても心配だけど」
「じゃあ、全部試着してみる! 色々着てみなきゃわかんないし!」
茜ちゃんは数着の水着を抱え込み、試着室へと消えていった。
***
それからの一時間は、まさに試練だった。
「ジャジャーン! お待たせ!」
試着室のカーテンが勢いよく開かれるたび、俺の心臓は不自然に動悸する。
鮮やかなレモンイエローのビキニに身を包んだ茜ちゃん。
白い肌に、明るい黄色がよく映える。
適度に引き締まったウエスト、健康的な脚線美。
そして、年齢不相応に豊かな胸元が、ホルターネックの紐で強調されている。
眩しすぎる。視覚的にも、存在的にも。
「どーお? 健二さん、似合う?」
「う、うん。すごく似合ってるよ……」
「えへへ、やった! 健二さんに褒められたー! ねえ、もっと近くで見ていいよ」
茜ちゃんが試着室から飛び出し、俺の左腕に抱きついてくる。
水着越しの肌の感触。柔らかすぎる弾力。
最近このパターンが多くないか……。
「……茜、離れなさい」
背後から、葵さんの般若ボイスが響く。そうして、何とか俺の理性は保たれるのであった。
結局、茜ちゃんは十着以上を試着し、最終的に選ばれたのは、フリルのついた白とピンクのビキニ。
茜ちゃんの可愛らしさを引き立てつつ、露出もそこそこに抑えられた、葵さんとの折衷案とも言える一着だった。
***
買い物を終えた頃には、時刻は既に13時を回っていた。
お昼を食べようと、俺たちはモールのレストラン街にある、開放的なテラス席のあるカフェレストランに入ることにする。
注文したのは、俺がオムライス、葵さんがパスタ、茜ちゃんがハンバーグセットだった。
ふわふわ卵の美味しそうなオムライスが運ばれてくる。
だが、今の俺はオムライスを食べるだけでも苦戦してしまう状態だ。
スプーンを持つのは左手。俺は右利きである。
不慣れな左手でスプーンを操り、ふわとろの卵を掬おうとするが、手が震えてうまくいかない。
不格好ながらも、何とか食べ進めるが、どうしても時間がかかってしまう。
「あーもう、見てられない!」
いつの間にか自分のハンバーグを平らげていた茜ちゃんが、自分の席から立ち上がり、俺の隣に移動してくる。
「私がやってあげる! はい、あーん!」
「いや、自分でできるって……」
「いいから! 口開けて!」
強引にスプーンをねじ込まれる。
とても美味しいオムライスだが、味わう余裕がない。
向かいの席では、葵さんが静かにフォークを握りしめているのが見えた。
「……茜。佐藤さんのペースがあるんだから、無理強いはよくないわよ」
葵さんはため息をつき、テーブルに備え付けてある小皿を取り出す。
「佐藤さん。私が取り分けますから、少しずつ食べてください」
「あ、ありがとうございます……」
「よかったら、私のパスタも少し食べますか? ……はい、あーん」
葵さんまで!?
見事なまでに、自然な流れの「あーん」だった。
思わず俺は、吸い寄せられるように口を開け、パスタを頂く。
「……いかがですか?」
「……美味しいです」
「ふふ、よかったです」
葵さんが花が咲いたように微笑む。
左右からの甲斐甲斐しいお世話攻撃。
周囲の男性客からの「爆発しろ」という視線が痛いが、不思議と悪い気分ではなかった。
――だが、俺たちは気づいていなかった。
その様子を、少し離れた場所からジッと見つめる視線があることに。
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