表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/38

第25話 変わっていく日常と、デートの約束

「……佐藤さん、運がいいですねぇ」


 回診に来た医師は、レントゲン写真を見ながら感心したように言った。


「あれだけ派手に暴行を受けた形跡があるのに、脳へのダメージは脳震盪程度。一番酷い右腕も、骨折じゃなくてヒビが入っているだけですよ。まさに不幸中の幸いです」

「はあ……そうですか」


 不幸中の幸い。

 俺としては、あんな修羅場は二度と御免だが、茜ちゃんが無事だったことを考えれば、この程度の怪我で済んだのは奇跡と言っていいのだろう。

 ちなみに、俺が倒れた最大の原因は、暴行のダメージよりも、40度近くまで上がっていた高熱による脱水症状だったらしい。

 点滴を打って一晩眠ったおかげで、熱もすっかり下がっていた。


「熱も引きましたし、骨も固定しておけば自然に治るでしょう。今日一日様子を見て、問題なければ明日には退院していいですよ」


 医師の言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 明日退院なら、有給休暇は月曜日の午前中だけで済みそうだ。

 社畜の悲しいさがで、真っ先に仕事の段取りを考えてしまう自分が恨めしい。


 医師が出ていくと、ベッドの両脇から二つの影が迫ってきた。


「よかったぁ……! 健二さん、大ケガしてなくて!」

「本当に……。大事に至らなくて安心しました」


 右に茜ちゃん、左に葵さん。

 二人とも、まだ少し目の周りが赤いけれど、その表情は明るかった。

 何はともあれ、大事に至らなかったことを良しとしよう。


 気づけばもう昼時。ホッとしたら、自分の腹が鳴る音がした。

 昨日から、葵さんが作ってくれたお粥以外口に入れていないので、かなりお腹はペコペコだ。

 病院食はすでに部屋に運ばれているようであった。

 そのことに気がついたのか、茜ちゃんが満面の笑みを浮かべて俺に迫ってきた。


「さて、お昼ご飯の時間だよ! 健二さん、右手が使えないでしょ? 私が食べさせてあげる!」


 茜ちゃんが、病院食の乗ったトレイを自分の膝に乗せ、スプーンを構える。


「いや、自分で食べられるから……」


 ここは病院だ。こんな公衆の面前で、若い女の子にご飯を食べさせてもらうなんて出来るわけない。

 俺は茜ちゃんから、トレイを取ろうとした。

 しかし、横から葵さんも入ってくる。


「いえ、利き腕を失っているんですから、私たちがお手伝いするのは当然です。佐藤さん、口を開けてください。はい、あーん」


 葵さんが流れるような動作で、箸で摘んだ煮物を俺の口元に運んでくる。

 その顔はさながら慈愛に満ちた聖母のようだ。


「ちょ、お姉ちゃんズルい! 健二さん、こっち! このヨーグルト、美味しいよ! あーん!」

「いけません茜。まずは、おかずからです。ちゃんと順番を考えなくちゃ」

「関係ないよ! 美味しいものから食べるのが一番元気になるの!」


 右から煮物、左からヨーグルト。ダブルあーんの波状攻撃。

 俺の口は一つしかないのだが、二人ともお構いなしにどんどん迫ってくる。

 利き腕にギプスをはめられているは、まな板の上の鯉状態だ。


「あ、あの……二人とも、ちょっと落ち着いて……」

「「早くして(ください)」」


 二人の声がハモる。

 その状況に、俺がタジタジになっていると――


 ガララッ。


「失礼しまーす。点滴の確認に……って、あらあら……」


 入ってきたベテランの看護師さんが、その様子を見て呆れたようにため息をつく。


「佐藤さん、ここは病室ですよ。仲良しなのは結構ですが、他の患者さんの迷惑になりますからね」

「「す、すみません……!」」


 茜ちゃんは真っ赤になって直立不動になったが、葵さんは一つため息をつき、「ご迷惑をおかけしました」と看護師に頭を下げる。

 俺も気恥ずかしさで布団を頭まで被りたい気分だった。

 こうして、騒がしくも温かい入院生活(一日限定)は幕を閉じる。


 ***


 翌日。月曜日。

 俺は午前中に退院手続きを済ませ、一度「ひだまり荘」に戻ってスーツに着替えると、午後から出社した。

 右腕は三角巾で吊り、ギプスでガチガチに固められた状態だ。

 当然、オフィスに入った瞬間、注目を浴びる。


「おい佐藤! お前、風邪で休んでたんじゃなかったのかよ!?」


 隣の席の田中が、ギョッとした顔で叫んだ。


「ああ、うん……。熱でフラついてさ、ちょっとな……」

「階段から!? お前、どんだけドジなんだよ。……でもまぁ、頭じゃなくてよかったな」

「全くだよ」


 俺は苦笑いで誤魔化しながら、左手一本でキーボードを叩き始めた。

 不自由極まりないが、溜まった仕事を片付けなければならない。

 不思議と、仕事に向かう気力は充実していた。

 これも、二人のおかげなのかもしれない。


 定時を少し過ぎた頃、俺は仕事を切り上げて帰路につく。

 夕闇が迫る街並みを歩くと、見慣れたアパートが見えてくる。

 俺の部屋――202号室の窓から、温かな光が漏れているのが見えた。


 彼女たちが、先に待っているのだ。

 それだけで、心が温かくなるのがわかる。

 俺は階段を上がり、ドアを開けた。


「ただいまー」


 ドアを開けると、そこにはエプロン姿の葵さんと、制服姿の茜ちゃんが並んで立っていた。

 二人とも、満面の笑みで俺を迎える。


「おかえりなさい、佐藤さん」

「おかえりー! 健二さん!」


 二人の声を聞いた瞬間、仕事の疲れも、腕の痛みも、すべてが溶けていくように感じる。

 久々に感じる、家族の暖かさが身に染みるようであった。


「ご飯、できてますよ。今日は佐藤さんの退院祝いですから」


 葵さんに促され、リビングへ入る。

 ちゃぶ台の上には、色とりどりの料理が並んでいた。

 ハンバーグにポテトサラダ、具沢山のスープ。

 食材は特売品ばかりとのことだが、どれもこれも気持ちがこもった「ご馳走」だ。


「「「いただきます!」」」


 三人で食卓を囲む。

 右手が使えない俺のために、葵さんがハンバーグを一口サイズに切ってくれていた。

 その気遣いがとてもありがたい。

 一方で茜ちゃんは、また俺に「あーん」をしようとして葵さんに止められたりしている。

 そんな騒がしい夕食の時間が、何よりも愛おしかった。


 食後のお茶を飲んでいる時、茜ちゃんが改まった様子で口を開いた。


「あのね、健二さん。……今日、学校帰りに払ってきたよ」

「ん?」

「修学旅行の追加費用と、授業料」


 茜ちゃんは少し照れくさそうに、でも晴れやかな顔で言った。

 姉貴から借りたお金で、無事に支払いを済ませたのだ。


「そうか。これで一安心だな」

「うん! 本当に……ありがとうございます! このご恩は、出世払いでお返しするから!」


 茜ちゃんのキラキラした瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。


「うん、期待して待ってるよ。そういえば、修学旅行はどこに行くんだっけ?」


 俺が聞くと、茜ちゃんの目がパァッと輝いた。


「沖縄だよ! 10月の頭から、3泊4日で!」

「へえ、沖縄か。いいなぁ」

「でしょでしょ! 美ら海水族館行って、国際通りで買い物して、夜はみんなで恋バナして……あーっ、楽しみすぎるよっ!」


 茜ちゃんが、ガイドブックを広げて見せてくる。

 その無邪気な笑顔を見て、俺は心の底から「よかった」と思った。

 彼女が普通の高校生として、修学旅行を楽しみにできる。

 その当たり前の日常を守れたことが、俺にとっては何よりの勲章だった。


「……茜」


 洗い物を終えた葵さんが、こちらに戻ってきた。


「はい、これ」


 葵さんが茜ちゃんに手渡したのは、小さな封筒だった。


「え、なにこれ?」

「あなたが倉庫のアルバイトで頑張って稼いだ、お給料よ」


 それは、茜ちゃんが修学旅行費のためにと、無理をして稼いだお金だった。


「え? でも、このお金は生活費にしてって渡したじゃん」

「いえ……。そのお金は、茜が頑張って稼いだ大切なお金です。……だから、ちゃんと自分のために使いなさい」

「えっ、でも……」

「沖縄に行くんでしょう? せっかくだから、新しい水着でも買ってきたら?」


 葵さんが優しく微笑む。

 その言葉に、茜ちゃんは目を丸くし、それから飛び上がらんばかりに喜んだ。


「えっ! いいの!? 本当に!?」

「ええ。茜のお金だもの。誰も文句なんて言わないわよ」


 俺も頷いて同調する。


「そうだな。頑張ったご褒美だ。パーッと使っちゃえばいいんじゃないか」

「やったぁぁぁ!! お姉ちゃん大好き! 健二さんも大好き!」


 茜ちゃんは封筒を握りしめ、リビングをくるくると回る。

 そして、ピタリと俺の前で止まり、俺の顔を覗き込むようにニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃあさ、健二さん」

「ん? どうしたんだ?」


 何か嫌な予感がするぞ……。

 明らかに何か企んでいる顔だ。

 茜ちゃんは、名案を思いついたように言った。


「今度の週末、水着選ぶの付き合ってよ! 男の人の意見も聞きたいし!」


 ズイッと顔を近づけてくる。

 俺は耳を疑った。


「えっ、俺が? 水着の買い物に?」

「うん! だって、健二さんは私の『監視役』なんでしょ? 私の水着姿、一番最初に見せてあげるから、責任持って付き合ってよ!」


 女子高生の水着選びに、アラサー男が同行する。

 非常に興味深い……って、いやいや、流石にダメだろ……。

 下手すれば、捕まらないか?


「……茜」


 その時、葵さんの声が、先ほどまでの明るいトーンから、一瞬にして低くなっていた。

 葵さんは目元に微かな影を落とし、わずかに唇を引き結んでいる。


「二人でなんていけません。……私も行きます」


 葵さんは一つ呼吸を置く。

 そして俺の方を向き、ふわりと笑う。

 しかし、その笑顔はどこか強張っているように見えた。


「佐藤さん? もちろん、いいですよね?」

「あ、はい。喜んで……」


 気が付けば今週末の予定が決まっていた。

 ギプスで固められた右腕が疼くのを感じながら、俺は嬉しさと少しの恐怖が入り混じった溜息をついたのだった。

面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ