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薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


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第24話 白い天井と、魔女との契約

 消毒液の匂い。

 それが、俺が意識を取り戻して最初に感じたものだった。


 重いまぶたをゆっくりと持ち上げる。

 視界に飛び込んできたのは、無機質な白い天井と、点滴のチューブ。

 どうやら、俺は病院のベッドの上にいるらしい。


「……あ、いたた……」


 体を動かそうとして、全身に走る鈍痛に顔をしかめた。

 腹部、背中、顔面。至る所に包帯が巻かれている感覚がある。

 どこかの骨にヒビが入っているか、もしかするとどこかの骨が折れているのもしれない。


「弱ったな、もう会社も休めないぞ……」


 最近有休を使いすぎている。

 いや、使うのは権利なので良いのだが、その分仕事は溜る一方なんだよな……。

 

 そんなことを考えていると、ベッドの脇に気配を感じた。

 視線を下ろすと、そこにはパイプ椅子に座り、ベッドの縁に突っ伏して眠る茜ちゃんの姿。

 あの時着ていた、ワンピース姿のままであった。

 あちこち汚れ、裾は皺になり、その小さな背中は、昨日は恐怖に震えていた。

 寝顔には、涙の跡が白く残っている。


「……茜ちゃん」


 でも、生きてる。ケガもなく無事のようだ。

 その事実を確認した瞬間、全身の力が抜けるような安堵感に包まれる。

 俺の小さな声に反応したのか、茜ちゃんの肩がビクリと震えた。

 ゆっくりと顔を上げ、俺と目が合う。


「……え……?」


 茜ちゃんは数秒間、呆然と俺を見つめ、それから瞳に大粒の涙を溜めた。


「……健二、さん……!」

「おう。おはよ……うぐっ!?」


 挨拶する間もなく、茜ちゃんが飛びついてきた。

 俺の首に腕を回し、胸に顔を埋める。

 柔らかい感触と、甘い香り。

 心臓が早鐘を打つ……が、それ以上に、全身の傷が悲鳴を上げた。


「い、痛い痛い! 茜ちゃん、怪我人! 俺、重傷人だから!」

「うわぁぁぁぁん! よかったぁぁぁ! 健二さん、死んじゃうかと思ったぁぁ!」


 茜ちゃんは俺の悲鳴など聞こえていないかのように、さらに強くしがみつく。

 泣きじゃくる彼女の震えが、俺の身体に直接伝わってくる。

 ワンピースの薄い生地越しに感じる体温と、涙の熱さ。

 至近距離にある彼女の顔。

 俺の脳内はちょっとしたパニック状態だ。


「ちょ、ちょっと、離れてくれないと……」

「やだ! 離れない!」


 茜ちゃんは頑として動こうとしない。

 まるで、少しでも離れたら俺が消えてしまうとでも思っているかのように、必死にしがみついている。

 俺は観念して、ため息をつきつつ、彼女の背中をそっとポンポンと叩いた。

 まあ、これだけ心配かけたんだ。少しの間なら、我慢しよう。


 ガチャリ。

 病室のドアが開いた。


「あ! 佐藤さん、目が覚めたんですか……って、茜!?」


 入ってきたのは葵さんだった。

 彼女もまた、少し疲れた顔をしている。

 俺の上に乗っかっている茜を見て、一瞬目を丸くしたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。


「佐藤さん……! 本当によかった……!」


 葵さんが駆け寄り、ベッドの反対側から俺の手を握る。

 その手は温かく、優しかった。


 茜ちゃんがようやく落ち着きを取り戻し、ベッド脇の椅子に戻ったところで、俺は改めて二人に向き直る。


「……さて。説教の時間だ」


 俺は努めて厳しい声を出した。

 茜ちゃんがビクリと肩を震わせ、怒られる時の子供のように俯く。


「どうして、あんなことをしたんだ?」


 葵さんも、厳しい視線を妹に向けている。

 茜ちゃんはしばらく黙っていたが、やがて消え入りそうな声で話し始めた。

 その膝の上には、くしゃくしゃになったプリントと郵便が置かれている。


「……お金が、必要だったの」

「お金?」

「修学旅行の追加費用……8万5千円。それに、来月には授業料の20万円も払わなきゃいけなくて……」


 約30万円。

 高校生にとっては、いや、今の月本家にとっては天文学的な数字だ。

 茜ちゃんは、震える手でプリントを握りしめている。


「お姉ちゃん、転職したばかりでお金ないし、毎日遅くまで頑張ってるのに……これ以上迷惑かけたくなかった。私がなんとかしなきゃって……。でも、日払いのバイトじゃ全然足りなくて……」


 焦り、不安、そして姉を想う気持ち。

 それらが彼女を間違った方向へ走らせてしまったのだ。

 葵さんが愕然とした表情でプリントを見る。


「そんな……私、全然気づいてあげられなくて……」

「言えなかったの。お姉ちゃんが悲しむ顔、見たくなかったから……」


 茜ちゃんが大粒の涙をこぼす。

 家族を思うがゆえの、悲しい暴走。

 俺は、茜ちゃんの頭にポンと手を置いた。


「……馬鹿野郎」


 俺は短く吐き捨てた。


「そんなの、子供が一人で背負い込むことじゃない。大人を頼れよ」

「でも……!」

「『でも』じゃない。今回、もし俺が間に合わなかったらどうなってたと思う? お金どころか、もっと大切なものを失ってたんだぞ」

「……うん……ごめんなさい……」


 俺の言葉に、茜ちゃんは泣き崩れた。

 葵さんが、泣いている茜ちゃんを強く抱きしめる。


「ごめんね、茜……。私が頼りないお姉ちゃんだから……。一番近くにいたのに、気づいてあげられなくて、ごめんなさい……」


 姉妹で抱き合い、涙を流す二人。

 その姿を見て、俺は天井を仰いだ。

 さて、どうするか。

 現実は厳しい。感動的な仲直りをしても、お金の問題は解決していない。

 合計約30万円。今の彼女たちには、即座に用意するのは不可能に近い金額だ。

 俺のなけなしの貯金を使ってもいいが、それでは彼女たちが気にするだろうし、根本的な解決にならない。


(……また使うか、切り札)


 俺はサイドテーブルに置いてあったスマホを手に取った。

 発信履歴の一番上にある名前をタップする。

 『姉貴』。


 数コールの後、相手はすぐに出た。


『もしもし? 健二? 葵ちゃんから聞いたわよ。あんた生きてるの?』

「ああ、なんとかな。それよりも……姉貴、頼みがあるんだ」


 俺は単刀直入に切り出した。

 月本家の状況。必要なお金の額。

 そして、それを姉貴に立て替えてもらえないかという相談。


『……ふーん。事情は分かったわ』


 姉貴の声は意外なほど冷静だった。


『で? あんたが保証人になるってこと?』

「ああ、もちろん。俺が責任を持つ」

『いいわよ。それくらいのお金、貸してあげる』

「本当か!?」

『ただし』


 姉貴の声が、低く鋭くなった。


『条件があるわ。……ちょっと、スピーカーにしなさい』


 俺は言われた通りスピーカーに切り替えた。

 姉貴の凛とした声が、病室に響く。


『聞こえる? 葵さん、茜ちゃん』

「は、はい……」

「はい……」


 二人が緊張して返事をする。


『今回の費用、私が全額立て替えるわ。でもね、これはプレゼントじゃない。れっきとした借金よ。……茜ちゃん、あなたが高校を卒業して、働けるようになったら、ちゃんと返してもらうわ』


 厳しい口調。だが、その中には確かな愛情がある。


『今後、お金のことで何か困ったことがあったら、私に言いなさい。変な男に頼るくらいなら、私に頭を下げなさい。……いいわね?』

「はい……! ありがとうございます……!」

「ありがとうございます、玲子さん……!」


 二人が深々と頭を下げる。

 そして、姉貴は続けた。


『あと、返済するまで……逃げられないように、監視役をつけるわ』

「か、監視役……ですか?」


 葵さんが不安そうに尋ねる。


『ええ。私の代わりに、弟の健二をあんたたちの側に置くわ』

「……え?」

『健二が責任持って、茜ちゃんが立派な大人になるまで見届ける。それが金を貸す条件よ。……健二、あんたもいいわね?』


 唐突な指名。

 だが、俺に異論があるはずもなかった。

 それはつまり、これからもずっと、彼女たちの生活に関わり続けるということだ。

 俺は隣にいる姉妹を見た。

 驚きの表情を浮かべ俺を見つめる二人の瞳。


「……わかった。約束する」


 俺は迷わず答えた。

 茜ちゃんの目を見て、改めて宣言する。


「茜ちゃん。これは、ただ貰えるお金じゃない。大人になって、ちゃんと働いて返すお金だ。……俺がその保証人になる」

「健二さんが……」

「俺は、茜ちゃんが卒業して自立した大人になるまで、ちゃんと見届ける。だから、茜ちゃんも覚悟を決めてほしい」


 茜ちゃんは涙を拭い、強く頷いた。


「うん……! わかった! 私、絶対に返す! 立派な大人になる!」


 その表情には、しっかりとした覚悟が滲んでいた。

 葵さんも、何度も頭を下げてお礼を言う。


「本当に……ありがとうございます。お二人には、一生頭が上がりません」

「いえいえ、乗り掛かった舟ですから……」


 俺が苦笑いすると、電話の向こうで姉貴が笑った。


『そういうこと。ま、事実上の家族宣言みたいなもんかしら? せいぜい仲良くやりなさい』


 通話が切れる。

 病室には、温かく、むず痒い空気が残った。

 「家族宣言」。その言葉が、俺たちの胸にじんわりと染み込んでいく。


「そっか……。ずっと、一緒にいてくれるんだ」


 茜ちゃんが、ぽつりと呟く。

 そして、ニヤリと笑みを浮かべると、ベッドに身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。


「じゃあ健二さん、覚悟してね?」

「え?」


 至近距離。

 ワンピースの胸元が危ういくらい近くまで迫り、長いまつ毛が見える距離で、彼女は甘く囁いた。


「私が自立するまで、ずーっとそばにいてね? ……私、健二さんと絶対離れないから、これからよろしくね?」


 ドキン、と心臓が跳ねた。

 茜ちゃんの瞳は、もう子供のそれではない。

 一人の女性としての、熱っぽい光を宿していた。

 吐息がかかるほどの距離で、彼女の甘い匂いが俺を包み込む。


「ちょ、茜ちゃん……近いって……」

「逃がさないよ? だって、私の監視役なんでしょ?」


 悪戯っぽく笑う彼女に、俺は完全に狼狽えた。

 怪我の痛みも忘れるほどの、甘い爆弾。

 俺の平穏な日常は戻ってくるどころか、さらに甘く、騒がしい方向へと加速していくのだった。

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