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薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


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第23話(後編) 過ちと、高熱の救世主

 視界が、高熱でぐにゃりと歪む。

 息をするたびに、肺が焼けるように熱い。

 身体の節々が悲鳴を上げているが、そんなことはどうでもいい。


 俺の目の前で、茜ちゃんが見知らぬ男に腕を掴まれている。

 怯えきった表情。涙で濡れた瞳。

 それを見た瞬間、身体の奥底からマグマのような怒りが沸騰した。


「ぐっ……!」


 俺は残った力を振り絞り、男の腕を両手で掴み、茜ちゃんから無理やり引き剥がした。

 男がよろけた隙に、茜ちゃんを背中に庇う。彼女が俺のジャージをギュッと握りしめる震えが伝わってきた。


「大丈夫か!? 茜ちゃん!」

「健二さん……!」


 茜ちゃんは恐怖で声を震わせていた。

 間に合った。ギリギリだった。

 予約されていたはずの店がキャンセルされていたと知った時の絶望感。駅周辺を探し回り、この駐車場に辿り着くまでの焦燥感。

 それらが一気に安堵へと変わり、同時に激しい怒りへと昇華される。


「あぁ? 誰だよテメエ、どこから湧いてきやがった」


 その男は、俺に触られた部分を忌々しそうに手で払った。まるで汚いものに触れたかのように。

 そして、俺のヨレヨレのジャージ姿を値踏みするように見下ろし、下卑た笑みを浮かべた。


「なんだぁ? その貧相な格好は。貧乏人風情が、俺たちに何の用だ?」

「お前こそ誰だ。嫌がる女の子に、こんなことしていいと思っているのか?」

「ハッ! いいも何も、これはこの女が望んだことなんだぜ?」


 この状況で男は何かを思いついたように、ニヤニヤと口角を上げた。

 その歪み切った口から放たれた言葉に、俺の理性が焼き切れる音がした。


「そうか、お前もその子の“パパ”なんだな?」

「……ふざけるな」

「へえ、図星かよ。こんなガキ囲うなんて、お前も好きモノだなぁ。いくら払ってるんだ? 俺が倍出してやるから譲れよ」


 汚い。

 言葉の一つ一つが、反吐が出るほど汚らわしい。

 茜ちゃんを人間として見ていない。ただのモノとして、金で買える商品として見ているのだ。


「……今すぐ帰れ。この子には、指一本触れさせない」


 俺は低い声で告げた。

 だが、男は嘲笑うだけだった。


「ハッ! なんだぁ、ヒーロー気取りかよ。このゴミ野郎が!」


 その表情が、一瞬で凶悪なものに変わった。

 次の瞬間、男の拳が俺の顔面を捉えた。


 ドゴッ!


 鈍い音が響き、視界が白く飛んだ。

 抵抗する間もなかった。高熱で反応が鈍っている俺には、避ける力も、踏ん張る力も残っていなかった。


「健二さん!!」


 茜ちゃんの悲鳴が聞こえる。

 俺は地面に手をつきそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。

 口の中が鉄の味で満たされる。


「茜ちゃん……逃げろ。今のうちに……」

「嫌っ! 置いていけないよ!」

「いいから行けっ!」


 俺が叫んだ隙に、男は蹴りを入れてきた。

 鳩尾みぞおちに入った強烈な一撃。

 息が止まる。

 俺はくの字に折れ曲がり、コンクリートの床に無様に崩れた。


「がはっ……」

「邪魔なんだよ、雑魚が。大人しく寝てろ」


 そこからは容赦がなかった。

 倒れた俺の腹を、革靴で何度も蹴り上げる。

 ドカッ、バキッ。

 痛々しい音が、静かな駐車場に反響する。

 痛い。熱い。意識が飛びそうだ。

 でも、俺が気絶したら、茜ちゃんが連れて行かれる。

 それだけは、絶対に阻止しなければならない。


「やめて! もうやめて! 私が悪いの! 私がついていくから!」


 茜ちゃんが泣き叫び、暴力を止めようと男の足にしがみつく。

 自分のせいで俺が傷つけられている。そのことに耐えられなかったのだろう。

 そんなことを言わせてしまった自分が、情けなくて仕方がない。


「うるせぇ!」


 男は茜ちゃんを乱暴に振り払い、さらに俺を蹴り飛ばした。


「おい、死にたくなきゃ失せろ。俺はこの女とこれからお楽しみなんだからよ」


 男が茜ちゃんの腕を掴み、引きずり起こそうとする。


「……待て」


 俺は、血を吐き出しながら、ふらりと立ち上がった。

 足は震え、視点は定まっていない。

 それでも、俺は茜ちゃんと男の間に、無理やり身体を割り込ませた。


「しつこい野郎だな……。お前、このガキの何なんだ? 親でも彼氏でもねえだろ!」


 苛立ちを露わにして男が怒鳴る。

 その問いに、俺は口元の血を手の甲で拭い、ニッと笑って見せた。


「……ああ、赤の他人だよ」


 俺は一歩、前に出る。

 茜ちゃんを守るように、両手を広げて。


「でもな……この子は、俺の大切な家族なんだよ!!」


 その声は、震えていたけれど、駐車場の隅々まで強く響いた。

 家族。

 血の繋がりも、法的な関係もない。

 けれど、一緒にご飯を食べ、笑い合い、心配し合う関係。

 「おかえり」と言ってくれる存在。

 それを家族と呼んで何が悪い。


「家族だぁ? 笑わせんな!」


 男は激昂し、渾身の力で拳を振り上げて殴りかかる。

 俺はそれを避けることができず、まともに食らった。

 視界が完全にブラックアウトし、意識が朦朧とする。

 膝から崩れ落ち、もう立ち上がれそうにない。


「……っ、くそ……」


 終わったか。

 俺の意識が暗転しかけた、その時だった。


 ウウゥゥゥゥ――!!


 遠くから、甲高いサイレンの音が近づいてきた。

 一台ではない。複数台のパトカーの音が、急速にこちらへ向かってくる。


「な、なんだ!?」


 男が狼狽して動きを止めた。

 そして、駐車場の入り口から、聞き覚えのある凛とした女性の声が響いた。


「こっちです! この奥です!」


 葵さんだ。

 彼女が、数人の警察官を引き連れて駆け込んでくるのが見えた。


「茜! 佐藤さん!」

「お姉ちゃん……!」


 葵さんは血相を変えて駆け寄ってきた。

 その後ろから、警察官たちが男を取り囲む。


「警察だ! 動くな!」

「ち、違う! 俺はただ……!」


 男は狼狽し、言い訳をしようとするが、葵さんが鋭い声で叫んだ。


「その男です! 私の妹を連れ去ろうとしていたんです! ……それに、あなたは!」


 葵さんは男の顔を見て、目を見開いた。


「……屑谷、黒弥! 先日うちの相談所に来て、暴言を吐いていった……!」

「あ、あの時の受付嬢か……!?」


 屑谷も葵さんのことに気づき、顔を青ざめさせた。

 相談所に登録する際には、個人情報を登録する必要がある。身元はバレたも同然であった。

 未成年誘拐未遂に、暴行傷害。

 とても言い逃れできる状況ではない。

 屑谷は抵抗する間もなく、警察官たちによって地面に押さえつけられ、現行犯逮捕された。


 喧騒の中、茜ちゃんは倒れている俺に駆け寄った。


「健二さん! 健二さん、しっかりして!」


 茜ちゃんの涙が、俺の頬に落ちる。

 俺は薄く目を開けた。

 視界はぼやけているが、茜ちゃんと葵さんが無事なのは分かった。


「……う……あかね、ちゃん……」


 俺はふにゃりと力なく微笑んだ。


「……無事で、よかった……」

「健二さん、ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私が、馬鹿だったから……!」

「佐藤さん!」


 葵さんも駆け寄り、俺の手を握る。

 その手で俺の高熱が伝わってきたのだろう。彼女は悲痛な表情を浮かべた。


「すぐに救急車が来ます! しっかりしてください!」

「……葵さん……ありがとうございます……」

「佐藤さん、無茶しすぎです……! 警察が来るまで一緒に待っていれば、こんなことには……」

「……間に合わなかったら……一生後悔すると思ったので……」


 看病されているときに、茜ちゃんの言動への違和感を感じた俺は、平日にバイトをしていたことや壁越しの電話の件を葵さんに話した。

 案の定、葵さんは何も知らなかった。俺は最悪の事態を想定し、熱があるのも忘れて家を飛び出したのだ。

 店の予約がキャンセルになっていたことを知ると、絶望的な気持ちだった。 

 葵さんがスマホを無くした時のために、GPSでお互いのスマホの位置がわかるように設定してくれていたおかげで、この場所が分かったのが救いだった。


 よかった。本当によかった。

 二人の泣き顔を見ながら、俺は心の底から安堵した。

 守れた。

 大切な日常を、俺たちの「家族」を、守り抜くことができたんだ。


「……痛い、なぁ……」


 ポツリと呟き、俺は静かに目を閉じた。

 遠くで救急車のサイレンが聞こえる中、意識は深い闇へと沈んでいった。

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