表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/38

第17話 祝勝会と、これからのこと

 ジューッ!

 熱された網の上で、分厚いカルビが食欲をそそる音を奏でる。

 煙と共に立ち上る香ばしい匂いが、俺たちの鼻腔をくすぐった。


「はい、お疲れ様ー! 乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 グラスがぶつかる軽快な音が響く。

 ここは駅前の焼肉店。姉貴の奢りによる「祝勝会」だ。


 あの後、葵さんの元職場となった会社で退職に必要な書類等を確認し、アパートに帰還した俺たち。

 「茜ちゃんが帰ってきたら、祝勝会ね!」との姉貴の鶴の一声で開催が決まった。

 葵さんは「そんな……悪いですよ」と拒んでいたが、姉貴が一度決めたことを覆すはずがなく。

 俺としても、区切りとなることをした方が良いと思い、遠慮する葵さんを半ば強引に連れてきた。

 学校が終わって合流した茜ちゃんは、すでに大盛りの白飯を片手に、獲物を狙うチーターのような目で網を見つめている。


「おいしー! 何これ! 口の中で溶けたんだけどっ!」

「ふふ、いっぱい食べなさい。今日は私のおごりだから、遠慮はいらないわ」

「玲子さん大好きー! 一生ついていきます!」


 茜ちゃんが肉を頬張りながら叫んでいる。

 葵さんも、緊張の糸が切れたのか、それともアルコールのせいか、いつもより少しだけ頬を紅潮させてビールを飲んでいた。

 普段は大人しい彼女だが、お酒は人並みには飲めるようだ。


「本当に、夢みたいです……。昨日の夜までは、明日が来るのが怖かったのくらいなのに」

「夢じゃないわよ。あなたが自分で勝ち取った現実よ」


 姉貴は満足げにロースを焼きながら、葵さんに向き直る。


「さて、葵さん。話していた件だけど……正式に私の会社マリアージュ・ガーデンに来てくれるかしら?」

「……はい! 未熟者ですが、精一杯頑張ります!」


 葵さんは、立ち上がらんばかりの勢いで頭を下げる。

 これで、彼女の再出発が決まった。


「お姉ちゃん再就職おめでとー!」


 茜ちゃんがそう言いながら、葵さんに抱き着く。


「ちょっと、茜ったら……」


 葵さんは困ったような声を出すが、その表情はとても嬉しそうであった。

 その様子に俺と姉貴は、思わず笑ってしまう。

 俺も祝福の言葉を投げかけた。


「葵さん、本当におめでとう」

「はい。これも佐藤さんのおかげです。本当にありがとうございました!」


 葵さんは高揚しているのか、赤らんだ顔と潤んだ眼で、感謝の言葉を紡ぐ。

 これで、月本家の問題は無事解決したのだ。

 俺は、肩の荷が下りたような、でもどこか寂しいような、複雑な気分でカルビを噛み締めるのであった。


 ***


 暫くして、俺たちのアパートに戻ってきた頃には、すでに22時を回っていた。

 当然のように全員俺の部屋(202号室)に雪崩れ込む。

 姉貴もまだ帰る気配がない。


「さて、腹ごなしも済んだところで……早速始めましょうか」


 姉貴が不敵な笑みを浮かべて、突然パンと手を叩く。

 全員が驚いて、姉貴を見る。


「えっ? 何をですか?」

「『カウンセラー適性試験』よ」


 葵さんがキョトンとする。


「私の会社に入る以上、即戦力になってもらわないとね。……というわけで、今から模擬カウンセリングをしてもらいます!」

「い、今からですか!?」

「そう。善は急げよ。……で、会員役はそこの冴えない男」


 姉貴がビシッと俺を指差した。


「え、俺?」

「あんた以外に誰がいるのよ。ちょうどいいじゃない、独身、彼女なし、コミュ障気味。リアルな会員サンプルとしてこれ以上ないじゃない」

「おい、言い方」


 反論しようとしたが、葵さんと茜ちゃんの期待に満ちた視線には勝てなかった。

 俺はため息をついて、ちゃぶ台の前に座り直す。

 対面には、居住まいを正した葵さんが座った。


「じゃあ、スタート!」


 姉貴の合図で、葵さんがスッと背筋を伸ばす。

 普段の優しい彼女がプロの顔つきに代わった。視線もどこか熱っぽく感じる。


「初めまして、カウンセラーの月本です。本日はよろしくお願いします」

「あ、どうも。佐藤です……」


 なんだこれ、滅茶苦茶緊張する。

 普段から話している相手なのに、こうして改まると、なぜか顔を直視できない。

 就職のときの面接を思い出す。

 葵さんがゆっくりと切り出した。


「佐藤様は結婚についてどのようにお考えですか? どうして、結婚したいと思われたのでしょうか」

「えっと……まあ、そろそろ年齢的にも落ち着きたいというか……一人の食事も味気ないなと思いまして」

「なるほど。温かい食卓、素敵ですよね」


 葵さんが優しく相槌を打つ。ここまでは普通だった。

 だが、次の瞬間、彼女が少し身を乗り出した。


「では……佐藤様の『理想のパートナー像』について、具体的にお聞かせください」


 その瞳が、俺を逃さないとばかりに捉える。

 なぜか背中がゾクッとした。


「えっと……そうですね。派手な人は苦手で……。一緒にいて、安心できる人がいいです……」

「安心できる方。……例えば、毎日『おかえりなさい』と言ってくれるような?」

「あ、はい。そんな感じですね」

「……料理が得意で、冷蔵庫の余り物でも美味しいご飯を作れるような?」


 ん? やけに具体的な気がするが。


「ええ、まあ……。俺のくだらない話も笑って聞いてくれて……」

「……黒髪で、たまに頑固なところもあるけど、誰よりも家族思いで……。美味しいものを食べると、幸せそうに笑うような?」


 葵さんが、ちゃぶ台に身を乗り出し、さらに距離を詰めてくる。

 顔が近くなる。アルコールの混じった甘い息遣いが届きそうだ。

 そういえば、これはアルコールの匂い……?


「そ、その……確かにそういう人の方がいいですが……」

「……それって」


 葵さんが、とろんとした目で俺を見つめ、小首を傾げた。


「私のこと、ですか?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 普段の彼女なら絶対に言わないセリフだ。

 完全に酔っている。それも、タチの悪い方向に。


「あ、いや、その……」

「私なら、佐藤様の条件、すべて満たせると思いますけど……いかがですか?」


 さらに身を乗り出す葵さん。

 胸元が危ない。というか、目がマジだ。

 「模擬」の枠を超えて、完全に俺を「狩り」に来ている気がする。


「い、いかがって。え、ちょ、葵さん!?」

「私じゃ……不満ですか? 一生、美味しいご飯作りますよ? 毎日、玄関までお出迎えしますよ?」


 葵さんの手が、テーブルの上を這い、俺の手に重なる。

 熱い。体温が高い。


「わ、私は……佐藤さんのこと……」


 その唇が紡ごうとした言葉は、しかし最後まで発せられなかった。


「ちょっとまったぁー!!!」


 ドカッ!と茜ちゃんが二人の間に割り込んだ。

 彼女は俺の腕をガシッと掴み、葵さんから引き剥がすように抱きついた。


「お姉ちゃん! 酔っ払いすぎ! 抜け駆け禁止だよ!」

「あ……茜?」

「これは、あくまで練習でしょ! 暴走しすぎー!」


 茜ちゃんが俺を見上げて、ニッと笑う。

 そして、追加の燃料を投下した。


「健二さん! 年上のしっとり系もいいけどさ、年下の元気系はどう!? 毎日飽きさせないよ? 一緒にお酒は飲めないけど、一緒にゲームはできるよ!」

「あ、茜ちゃん!?」

「それに私、若さなら負けないし! あと数年もすれば、お姉ちゃんよりナイスバディになる予定だし!」


 茜ちゃんが俺の腕にギュッと抱きつく。

 柔らかい感触と、石鹸の香りが押し寄せてくる。

 右手に酔っ払って積極的になった葵さん、左手になぜか対抗心むき出しの茜ちゃん。

 両手に花どころか、両手に核弾頭だ。


「あらあらぁ。モテ期到来ね、健二」


 姉貴が爆笑しながら動画を撮っている。絶対に後でネタにされるやつだ。


 ***


 嵐のような「カウンセリング」が終わり、ようやく静けさが戻ったのは深夜のこと。

 姉貴は「いいもの見せてもらったわ」と満足げに帰っていった。

 結局、試験なんて関係なく、姉貴がからかいたいだけじゃなかったのか……。


 葵さんは酔いが回って潰れてしまい、つい先ほど茜ちゃんに抱えられて隣の部屋に戻っていった。

 俺は一人、自分の部屋で呆然としている。

 嵐のような一日であった。

 でも、不思議と悪い気はしない。


 ふと、テーブルの上に合鍵が置かれたままになっていることに気づく。

 思わずそれを手に取り、隣の部屋へ向かう。


 ピン……ポォ……、と鳴らすと、茜ちゃんが出てきた。


「あ、健二さん。お姉ちゃんなら、もう爆睡してるよー」

「そっか。……これ、俺の部屋に忘れもの」


 俺は持っていた合鍵を差し出す。


「え、これ……」

「葵さんに渡しといてな」


 俺が言うと、茜ちゃんはパァッと顔を輝かせる。


「うん! わかった! ……へへ、やったね」

「何が?」

「ううん、なんでもない! おやすみ、健二さん! また明日、ご飯食べに来るね!」


 茜ちゃんは嬉しそうに鍵を受け取り、ドアを閉めた。

 廊下に一人残された俺は、小さく息を吐く。


 明日も、明後日も、このドアは開かれる。

 孤独だった俺の日常は、もう戻ってこない。

 壁の向こうには、騒がしくて守りたい「家族のような他人」がいるのだから。


 俺は自室に戻り、冷蔵庫からビールを取り出してプシュッと開ける。

 その音は、以前のような乾いた音ではなく、これからの賑やかな日々を祝うファンファーレのように聞こえるのだった。

この話で一区切りとなります。

面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ