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薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


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第16話(前編) ブラック企業と、魔女の戦い

 作戦会議が終わり、夕方のこと。

 学校から帰ってきた茜ちゃんに、事の経緯を説明する。


「えーっ!? お姉ちゃん、玲子さんの会社で働くの!? すごいじゃん!」


 茜ちゃんは目を輝かせて飛び跳ねた。

 姉がブラック企業を辞めて、信頼できる人の元で働けるかもしれない。

 それが、彼女にとって何よりの朗報だったようだ。


「玲子さんって、カッコいいよね! 理想の大人って感じ。私、憧れちゃうなー」

「あら、茜ちゃんならカッコいい大人になれるわよ。素質は十分だもの」


 姉貴も、茜ちゃんのことをえらく気に入った様子だった。二人はかなりウマが合うようだ。

 物怖じしない性格と、場の空気を読める聡明さ。

 姉貴の「お気に入りフォルダ」に、茜ちゃんの名が刻まれた瞬間だった。


「ねえねえ玲子さん。そういえば、健二さんったらね、この間なんか……」


 そこで、茜ちゃんがニヤリと笑って爆弾を投下。

 俺と葵さんが顔面蒼白になる中、茜ちゃんはペラペラと先日の「半同棲生活」の実態を暴露し始めたのだ。

 カレーの件、お風呂の件、そしてセミダブルベッドでの川の字睡眠まで。


「ぶっ……! あ……あんたたち、そこまでやってんの!?」


 姉貴が目を丸くして、それから腹を抱えて爆笑した。


「あははは! 傑作じゃない! 健二、あんたヘタレすぎでしょ! そこまでお膳立てされて手を出さないなんて、枯れ木もいいとこよ!」

「う、うるさいな! 紳士と言ってくれ!」

「紳士? ただの臆病者よ。……ま、葵さんがそれを許してるっていうならいいいんだけど」


 姉貴が流し目で葵さんを見る。

 葵さんは顔から火が出そうなほど真っ赤になり、手で顔を覆って小さくなっていた。


「い、いえ、あの、それは……その……」

「ふふ、可愛いわねぇ。愚弟にはもったいないくらいよ」


 姉貴と茜ちゃん。

 魔女と小悪魔が手を組んだ瞬間、俺と葵さんに勝ち目はない。

 その時間は二人に散々いじられ、おもちゃにされながら、部屋には笑い声が尽きなかった。

 それは、久しぶりに訪れた、心からの安らぎの時間であった。


 ちゃっかり夕飯まで一緒に食べた姉貴は「また明日、現地集合で」と言い残して高級外車で去っていく。

 アパートの前、三人でそのテールランプを見送った。


「……すごい人ですね」

「あんなカッコいい人初めて見たよ!」

「ああ、昔からああなんだ。巻き込まれたら最後、姉貴が納得するまで逃げられないぞ」


 俺は苦笑いしたが、その顔には自然と笑みが浮かぶ。

 葵さんも、昨日のような悲壮感はなく、どこか吹っ切れたような清々しい表情をしていた。


 ***


 そして、次の日。

 朝8時30分。

 俺と葵さんは、駅前のロータリーに立っていた。

 葵さんは、いつものオフィスカジュアルに身を包んでいる。

 だが、その表情は硬い。

 握りしめたバッグの持ち手が、少し震えているのがわかる。


「……大丈夫ですか?」


 俺が声をかけると、葵さんは小さく頷いた。


「はい。……怖いですけど、でも、もう迷いはありません」


 胸ポケットには、姉貴から託されたペン型ICレコーダーが入っている。

 それは、ただの機械ではなく、俺たちの思いが詰まった「お守り」である。


 俺も、職場には「親族のトラブルが長引いていて」と連絡を入れ、二日連続の有給休暇をもぎ取った。

 上司からは「大丈夫か? 何かあったら頼ってくれ」と心配された。つくづくいい上司に当たったと思う。残業は多いが……。


 ブォォォン……!


 重低音と共に、見覚えのある高級外車が滑り込んできた。

 窓が開き、サングラスをかけた姉貴が顔を出す。


「お待たせ。さあ、行くわよ。……狩りの時間だわ」


 その言葉と共に、俺たちは車に乗り込んだ。

 向かう先は、『ドリーム・マリッジ・エージェンシー』。

 葵さんの心を縛り付けていた、忌まわしき城塞だ。


 車内では、姉貴が最終確認を行っていた。


「いい? 葵さん。あなたはまず一人でオフィスに入る。ICレコーダーはオンにしてね。そして、課長を見つけたら、周りに聞こえるくらいの声で『辞めさせていただきます』って言うの」

「は、はい……」

「相手が逆上しても、ひるんじゃダメ。あなたはただ、事実を淡々と告げればいいわ。何かされたら、すぐに私たちが飛び込むから」


 姉貴の言葉に、葵さんは深く深呼吸をして頷く。


 葵さんの職場に到着する。

 7階建ての少し古びた雑居ビル。その3階にその事務所はあった。

 エレベーターの前で、葵さんは一度立ち止まり、俺と姉貴を見る。


「……行ってきます」

「行ってらっしゃい。すぐ後ろにいるから」


 俺が背中をポンと叩くと、葵さんは意を決したようにエレベーターに乗り込んだ。

 ゆっくりと扉が閉まる。

 少し間を開けて、俺たちも3階へ向かった。


 ***


 オフィスフロアから、怒声が聞こえてきたのは、到着してすぐのこと。


「あぁ!? ふざけんなよテメェ!!」


 中年男の声の怒号がオフィスビルの廊下に響き渡る汚い声。

 オフィスと廊下はドアで仕切られているはずなのに、その声ははっきりと聞こえる。

 俺と姉貴は、ドアの隙間から中の様子を伺う。


 フロアの中央で、葵さんが一人、立っていた。

 その目の前には、顔を真っ赤にして激昂する課長の姿がある。


「昨日も勝手に休みやがって、次は会社を辞めるだぁ!? どの口が言ってんだ! お前みたいな無能を雇ってやってんのは誰だと思ってんだ!」

「……申し訳ありません。ですが、もう決めたことですので」


 葵さんの声は震えていたが、はっきり言葉を紡ぐ。


「ハッ! ふざけるな! お前が辞めたら、誰が雑用やるんだよ! 今まで育ててやった恩を仇で返しやがって!」

「恩……ですか。私は、あなたから指導らしい指導を受けた記憶はありません」

「なんだとぉ!?」


 課長が机を蹴り飛ばした。

 周りの社員たちがビクリと震えるが、誰も助け舟を出そうとはしない。

 恐怖政治。それがこの職場の日常なのだ。


「いい度胸じゃねえか……。おい、お前ら! こいつが何言ってるか聞いたか? 恩知らずもいいとこだろうが!」


 課長は周りに同意を求め、再び葵さんに向き直った。

 その目は、完全に据わっている。


「いいか、辞めるなら損害賠償請求してやるからな。お前のせいで退会した会員の損失、全部払ってもらうぞ! 数百万円じゃ済まねえぞ!」

「……それは、不当な請求です。私に支払い義務はありません」

「うるせぇ! 俺が払えと言ったら払うんだよ! それが社会のルールだ!」


 暴論もいいところだ。

 だが、今の発言は決定的であった。

 不当な損害賠償請求の示唆そして脅迫。

 レコーダーには、バッチリ録音されているはずである。


「……おい、聞いてんのかコラァ!」


 課長が葵さんの肩を乱暴に掴む。

 葵さんが小さく悲鳴を上げた。


 ――今だ。


 俺が飛び出そうとした瞬間、姉貴が片手でそれを制し、自らドアを蹴り開ける。


 バンッ!!


 乾いた音が響き渡り、オフィスの全員が俺たちに注目する。

 そこには、鬼の形相……ではなく、優雅な笑みを浮かべた魔女が立っていた。


「あらあら、随分と賑やかじゃない。……社会のルール? 面白いことを仰るのね」


 姉貴はコツコツとヒールを鳴らしながら、凍りついたオフィスの中を優雅に歩み寄る。

 その圧倒的なオーラに怯んだのか、課長が葵さんから手を離し、後ずさった。


「あ、あんた誰だ! ここは、部外者は立ち入り禁止だぞ!」

「部外者? とんでもない」


 姉貴は葵さんの隣に立ち、彼女の肩を抱き寄せる。

 そして、課長を見下ろすように冷たく言い放った。


「私は、この子の代理人よ。……さあ、詳しく聞かせてもらおうかしら。その『社会のルール』とやらをね」


 反撃のゴングが、高らかに鳴り響いた。

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