表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄壁越しの訳あり姉妹 ~彼女たちの部屋でGを退治したら、彼女たちに猛烈に愛され始めた件~  作者: 藍之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/15

第11話 合鍵の行方と、崩れる境界線

 お風呂上がりの火照った身体を、エアコンの冷気が心地よく包んでいく。

 俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップ一杯分を一気に飲み干す。


 ふう、と息をついてスマホを見ると、姉貴からのメッセージ通知が来ていた。

 「最近どう? いい加減彼女できた?」という内容。俺を心配しているのか、こうしてたまに連絡をくれる。

 それはいいんだが……。いつも余計なお世話なんだよな。

 無視して放置しておこうかと思ったが、仕方なく「元気だよ」とだけ返信しておく。


 返信を終え、キッチンから振り向くと、姉妹もそれぞれくつろいでいるようであった。

 葵さんは髪を乾かし終え、艶やかな黒髪を櫛で梳いている。

 茜ちゃんはスマホをいじりながら、時折クスクスと笑っていた。

 俺がお風呂から上がったことに気づいたのか、葵さんがこちらへ歩いてきた。


「あの、佐藤さん」


 ふと、葵さんが改まった様子で口を開く。


「明日、私のお給料日なので、朝にはコンビニで電気代を支払ってこようと思います」

「お、そうですか。よかったですね」

「はい。本当に……佐藤さんのおかげです。このご恩は一生忘れません」


 葵さんが深々と頭を下げる。

 電気が止まるという非常事態が解決に向かい、俺もホッと胸を撫で下ろした。

 だが同時に、この「避難所生活」が終わってしまうことに、一抹の寂しさを感じている自分がいた。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」

「私も! 来週にはバイト代入るから!」


 そう言いながら、茜ちゃんもこちらにやってきた。

 「ふふん」とドヤ顔をしている。

 そういえば、この子がバイトに行っている姿を見たことがないな……。


「そうか、ちゃんとバイト頑張ってるんだ。ところで、茜ちゃんはどんなバイトしてるんだ?」

「駅前の喫茶店だよ! 制服が超可愛いの! 今度健二さんも来てよ、サービスするから!」


 茜ちゃんがウィンクをして見せる。

 制服姿の茜ちゃんか。想像するだけで店が繁盛しそうだ。


「へえ、今度覗きに行こうかな。……まあ、機会があったらね」

「えー、つれないなぁ。絶対来てよね!」


 茜ちゃんが頬を膨らませる。

 葵さんが優しく微笑みながら補足した。


「茜には、学業と友達付き合いを優先してほしいので、バイトは週末だけって約束してるんです」

「なるほど。お姉ちゃんらしい配慮だ」


 姉妹の絆を感じて、俺は目を細めた。


 それから、葵さんがバッグから何かを取り出した。

 今朝、俺が渡した合鍵だ。


「それで、電気も復旧しますし……この鍵、お返ししますね」


 テーブルの上に置かれた鍵。

 それは、俺と彼女たちを繋ぐ象徴のようにも見えた。

 これを返してしまえば、また元の「親切な隣人」に戻ってしまうのだろうか。


「……いや」


 俺は鍵を押し戻した。


「それは、持っていてください」

「えっ? でも……」

「またいつ何があるかわからないし、いざという時のお守りだと思って。……それに、俺もその方が安心なんで」


 これは本心だった。

 彼女たちが困った時、すぐに駆け込める場所がある。そう思えるだけで、俺自身の心も安定する気がした。


「でも、そんな大事なもの……」

「いいから。これは家主命令です」


 俺が少し強引に言うと、葵さんは困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。


「……わかりました。では、お言葉に甘えて。本当に、ありがとうございます」


 葵さんは鍵を、まるで宝物のように両手で包み込んだ。


「ふあぁ〜……」


 その時、茜ちゃんが大きなあくびをした。


「お腹いっぱいだし、お風呂入ってさっぱりしたし、なんか眠くなっちゃった。そろそろ寝ようよ」

「そうだな。明日も仕事だし」

「ですね。じゃあ、片付けちゃいますね」


 就寝の準備が始まる。

 そこで、茜ちゃんがニヤリと笑って爆弾を投下した。


「で、今日はどうするの?」

「……ん? 何が?」

「寝る場所だよ、寝・る・場・所!」


 その言葉に、俺と葵さんの動きがピタリと止まった。

 昨夜の記憶が、鮮烈に蘇る。

 セミダブルベッドでの密着。葵さんの体温。耳元の囁き。

 俺たちの顔が同時に赤くなるのを、茜ちゃんは見逃さなかった。


「あ! 二人とも、顔赤くなってるしー」

「ち、違う! 気のせいだ!」

「そ、そうよ茜! からかわないの!」


 慌てて否定する俺たちを見て、茜ちゃんは満足げに頷いた。


「でも、昨日はお姉ちゃんが真ん中だったでしょ? だから今日は、私が健二さんの隣で寝る!」

「「はぁっ!?」」


 俺と葵さんの裏返った声がユニゾンした。

 すぐさま、葵さんは目を見開いて抗議した。


「ダメよ茜! 佐藤さんに迷惑でしょ!」

「えー? なんで? 昨日はお姉ちゃん役得だったじゃん。ズルいよ」

「や、役得って……!?」

「それにさー、今朝のアレがあったのに、またお姉ちゃんが隣がいいの?」


 茜ちゃんがニヤニヤしながら、自分の胸元をジェスチャーする。

 今朝のラッキースケベ事件のことだ。

 キョトンとする葵さん。

 俺は、光の速度で否定した。

 というか、茜ちゃんやっぱり見てたのかよ!?


「あ、あれは……事故だ……! 誤解だから!」

「ふーん、事故ねぇ。とにかく! 今日は私がお姉ちゃんを守ってあげる番なの! 決定!」


 茜ちゃんはそう宣言すると、さっさと寝室へ行ってベッドにダイブしてしまった。

 残された俺と葵さんは、顔を見合わせて立ち尽くすしかない。


「……すみません、佐藤さん。茜ったら、一度言い出したら聞かなくて……」

「い、いえ……まあ、昨日の今日だし、仕方ないですね」


 俺たちは諦めて、寝室へと向かった。


 ***


 配置は、壁側に俺、真ん中に茜ちゃん、端に葵さんとなった。

 電気を消す。

 再び訪れる闇と静寂。

 だが、昨夜とは明らかに空気が違った。


 隣にいるのは、天真爛漫な女子高生だ。

 葵さんのような大人の色気とは違う、太陽のような熱量と、若さ特有の甘い匂いが漂ってくる。

 昨夜同様、毛布の境界線はある。あるのだが……。


「ねえねえ、健二さん」


 茜ちゃんが、ゴロンと寝返りを打って俺の方を向いた。

 暗闇の中で、彼女の目がキラキラと光っているのがわかる。


「……なんだ?」

「健二さんってさ、彼女いないの?」

「……いないよ」

「ふーん。もったいないなぁ。優しくて、料理上手で、イケメンなのに」


 イケメン? 俺が?

 お世辞でも嬉しいが、女子高生に言われると調子が狂う。


「買い被りすぎだ」

「そんなことないよー。私、健二さんみたいな人、好きだよ?」


 ドキリとした。

 心臓が跳ねる。

 この子は、どこまで本気で、どこからがからかいなのか分からない。

 これぞまさに小悪魔だ。


「……早く寝なさい。明日遅刻するぞ」

「はーい。……おやすみ、健二さん」


 俺はそういうと、茜ちゃんに背を向けるように体勢を変えた。

 茜ちゃんもクスクス笑うと、もぞもぞと動いてポジションを調整したようだ。

 そして。

 トン、と俺の背中に何かが触れた。

 彼女の額か、あるいは手だろうか。

 小さな温もりが、境界線を越えて伝わってくる。


(……勘弁してくれ)


 俺は天井を仰いだ。

 昨夜は葵さんのしっとりとした色気に翻弄され、今夜は茜ちゃんの無邪気なスキンシップに攻め立てられる。

 俺の理性の堤防は、決壊寸前で悲鳴を上げていた。


 端の方からは、葵さんの気配も感じる。

 彼女も起きているのだろうか。妹の大胆な行動に、ハラハラしているのかもしれない。

 両手に花、なんて言葉があるが、現実はそんな甘いものではない。

 これは修業だ。

 32歳独身男に課せられた、強烈すぎる精神修業なのだ。


 茜ちゃんの規則正しい寝息が聞こえ始めた頃、俺はようやく深い溜息をついた。

 長い夜になりそうだ。

 でも、その重みと温かさが、不思議と心地よかったのも事実だった。

面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ