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青に滲む光  作者:
53/54

目覚めとゲーム(蒼太視点)

 結局、僕は白咲さんを起こさなかった。


 起こそうと思えば、声をかけることくらいできたはずだ。  でも――どうしても、できなかった。


 ソファにもたれて眠る白咲さんは、いつもよりずっと無防備で。  眉も、口元も、力が抜けていて。


(……可愛い)


 そう思った瞬間、自分でも驚くくらい胸がぎゅっとした。


 ずっと見ていたい、なんて。  そんなこと、考えたこともなかったのに。


 でも、いつ目を覚ますかわからない。  見ているところを気づかれたら、たぶん僕の心臓はもたない。


 だから、意識を逸らすことにした。


 テーブルに置いてあった漫画を手に取って、ページをめくる。  スマホのゲームを起動して、無意味にステージを進める。


 それでも、視界の端に白咲さんが入るたび、集中が途切れた。


(……ダメだ、全然頭に入らない)


 どれくらい時間が経ったのか。


「……あれ?」


 小さな声がして、顔を上げる。


 白咲さんが、ゆっくりと目を開けていた。


「……っ」


 思わず背筋が伸びる。


「……ここ……水守くんの……?」


「う、うん……」


 状況を理解した瞬間、白咲さんの顔がみるみる赤くなった。


「わ、私……寝て……!」


 時計を見て、さらに固まる。


「……昼、過ぎてる……」


「……その、起こそうと思ったんだけど……」


 正直に言うと、白咲さんは一瞬だけ黙ってから、深く息を吐いた。


「……ごめん。すごく恥ずかしい……」


「い、いや……無理させたのは僕だし……」


 冬休みの課題は、ほとんど進んでいなかった。  でも、そのことを気にする雰囲気でもなくて。


「……せっかくだし、お昼にしよっか」


「う、うん……」


 白咲さんが持ってきてくれたお弁当を広げる。


 ふたを開けた瞬間、いい匂いがした。


「……すごい」


「そんな……普通だよ」


 一口食べて、思わず言葉を失う。


「……おいしい」


「……ほんと?」


「うん。すごく」


 白咲さんは、ほっとしたように笑った。


 食べ終わって、少しだけ落ち着いた頃。


 玄関のドアが開く音がした。


「ただいまー」


「……っ」


 妹の葵だった。


 リビングに顔を出した葵は、白咲さんを見るなり目を見開いた。


「……え?」


「……こんにちは」


「……お兄、友達って男じゃなかったの?」


「ち、違っ……!」


 葵は、すぐににやっと笑った。


「あー、なるほどねぇ」


「……な、何が」


「ふーん。へぇー」


 完全に面白がっている。


「ねえお兄。お昼、美味しいもの食べたいなぁ」


「……は?」


「お金ちょうだい。くれないならさぁ……このこと、お父さんに言っちゃおうかな?」


「……っ」


 それだけは、絶対に嫌だ。


「……わかった、渡すから」


「やった」


 葵はさっさと着替えて、金を持つとすぐに出ていった。


 ドアが閉まったあと、リビングに妙な沈黙が落ちる。


「……ごめん」


「ううん……」


 白咲さんは、少し考えるように視線を落としてから言った。


「水守くん、親には……私が来たこと、知られたくないんだよね」


「……うん」


「……私もね」


 顔を上げて、微笑む。


「水守くんが家に来たこと、親には内緒にしてるよ」


 その一言に、胸の奥が少し軽くなった。


「……同じだね」


「うん」


 でも、もう課題をやる気分じゃなくなっていた。


「……あのさ」


 僕は思い切って言った。


「テレビゲーム、あるんだけど……する?」


「したい」


 即答だった。


 白咲さんは、ゲームを持っていないらしく、操作も初めて。


「えっと……これで動く?」


「そうそう」


 気づけば、距離が近くなっていた。  自然と、手を取って操作を教えている。


 対戦ゲームは、正直僕のほうが強かった。


「……強い」


「ご、ごめん……」


「……勝つまでやる」


 真剣な顔だった。


 何度も続けるうちに、白咲さんの動きがどんどん良くなる。


「……あ」


 画面に、勝利の文字。


「……勝った……!」


 白咲さんは、ぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。


「やった!」


「……すごい」


「罰ゲームね」


「……え?」


 次の瞬間。


 頬に、柔らかい感触があった。


「――っ!?」


 何が起きたのか理解できず、固まる。


 白咲さんは、自分でやったのに、顔を真っ赤にしていた。


「……あ」


「……」


 言葉が、出てこない。


 胸の奥が、爆発しそうなほど騒がしかった。


(……何、今の……)


 理解が追いつかないまま、ただひとつだけ確かなことがあった。


 もう、元の距離には戻れない。


 そんな気が、はっきりとしていた。

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