目覚めとゲーム(蒼太視点)
結局、僕は白咲さんを起こさなかった。
起こそうと思えば、声をかけることくらいできたはずだ。 でも――どうしても、できなかった。
ソファにもたれて眠る白咲さんは、いつもよりずっと無防備で。 眉も、口元も、力が抜けていて。
(……可愛い)
そう思った瞬間、自分でも驚くくらい胸がぎゅっとした。
ずっと見ていたい、なんて。 そんなこと、考えたこともなかったのに。
でも、いつ目を覚ますかわからない。 見ているところを気づかれたら、たぶん僕の心臓はもたない。
だから、意識を逸らすことにした。
テーブルに置いてあった漫画を手に取って、ページをめくる。 スマホのゲームを起動して、無意味にステージを進める。
それでも、視界の端に白咲さんが入るたび、集中が途切れた。
(……ダメだ、全然頭に入らない)
どれくらい時間が経ったのか。
「……あれ?」
小さな声がして、顔を上げる。
白咲さんが、ゆっくりと目を開けていた。
「……っ」
思わず背筋が伸びる。
「……ここ……水守くんの……?」
「う、うん……」
状況を理解した瞬間、白咲さんの顔がみるみる赤くなった。
「わ、私……寝て……!」
時計を見て、さらに固まる。
「……昼、過ぎてる……」
「……その、起こそうと思ったんだけど……」
正直に言うと、白咲さんは一瞬だけ黙ってから、深く息を吐いた。
「……ごめん。すごく恥ずかしい……」
「い、いや……無理させたのは僕だし……」
冬休みの課題は、ほとんど進んでいなかった。 でも、そのことを気にする雰囲気でもなくて。
「……せっかくだし、お昼にしよっか」
「う、うん……」
白咲さんが持ってきてくれたお弁当を広げる。
ふたを開けた瞬間、いい匂いがした。
「……すごい」
「そんな……普通だよ」
一口食べて、思わず言葉を失う。
「……おいしい」
「……ほんと?」
「うん。すごく」
白咲さんは、ほっとしたように笑った。
食べ終わって、少しだけ落ち着いた頃。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
「……っ」
妹の葵だった。
リビングに顔を出した葵は、白咲さんを見るなり目を見開いた。
「……え?」
「……こんにちは」
「……お兄、友達って男じゃなかったの?」
「ち、違っ……!」
葵は、すぐににやっと笑った。
「あー、なるほどねぇ」
「……な、何が」
「ふーん。へぇー」
完全に面白がっている。
「ねえお兄。お昼、美味しいもの食べたいなぁ」
「……は?」
「お金ちょうだい。くれないならさぁ……このこと、お父さんに言っちゃおうかな?」
「……っ」
それだけは、絶対に嫌だ。
「……わかった、渡すから」
「やった」
葵はさっさと着替えて、金を持つとすぐに出ていった。
ドアが閉まったあと、リビングに妙な沈黙が落ちる。
「……ごめん」
「ううん……」
白咲さんは、少し考えるように視線を落としてから言った。
「水守くん、親には……私が来たこと、知られたくないんだよね」
「……うん」
「……私もね」
顔を上げて、微笑む。
「水守くんが家に来たこと、親には内緒にしてるよ」
その一言に、胸の奥が少し軽くなった。
「……同じだね」
「うん」
でも、もう課題をやる気分じゃなくなっていた。
「……あのさ」
僕は思い切って言った。
「テレビゲーム、あるんだけど……する?」
「したい」
即答だった。
白咲さんは、ゲームを持っていないらしく、操作も初めて。
「えっと……これで動く?」
「そうそう」
気づけば、距離が近くなっていた。 自然と、手を取って操作を教えている。
対戦ゲームは、正直僕のほうが強かった。
「……強い」
「ご、ごめん……」
「……勝つまでやる」
真剣な顔だった。
何度も続けるうちに、白咲さんの動きがどんどん良くなる。
「……あ」
画面に、勝利の文字。
「……勝った……!」
白咲さんは、ぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。
「やった!」
「……すごい」
「罰ゲームね」
「……え?」
次の瞬間。
頬に、柔らかい感触があった。
「――っ!?」
何が起きたのか理解できず、固まる。
白咲さんは、自分でやったのに、顔を真っ赤にしていた。
「……あ」
「……」
言葉が、出てこない。
胸の奥が、爆発しそうなほど騒がしかった。
(……何、今の……)
理解が追いつかないまま、ただひとつだけ確かなことがあった。
もう、元の距離には戻れない。
そんな気が、はっきりとしていた。




