緊張と安心(灯視点)
朝、目が覚めた瞬間から、心臓が落ち着かなかった。
今日は――水守くんの家に行く日。
昨日の夜、布団に入ってから何度も寝返りを打った。
楽しみで、緊張で、色んな考えが頭を巡って、ほとんど眠れなかった気がする。
(……ちゃんと起きなきゃ)
時計を見ると、予定より少し早い時間。
でも、もう目は冴えていた。
キッチンに立って、お弁当を作り始める。
朝からお邪魔するし、きっとお昼も一緒になる。
そう思ったら、何も持って行かないのは落ち着かなかった。
卵焼き、ウインナー、簡単なおかず。
凝ったものじゃないけど、「ちゃんと作った」という事実が、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。
(……喜んでくれるかな)
そう考えて、ひとりで小さく苦笑した。
桜川駅から歩く道。
この先に、水守くんの家がある。
場所を教えてもらったとき、正直すごく嬉しかった。
(……ほんとに、来ちゃった)
インターホンを押す指が、少しだけ震えた。
ドアが開いて、水守くんが立っている。
「おはよう、水守くん」
「お、おはよう……」
少し緊張した顔。
それを見るだけで、胸がきゅっとなる。
「これね。お昼いるかなって思って……お弁当」
「えっ……!」
驚いた顔。
その反応に、内心ほっとする。
「勝手に作ってきただけだから」
そう言いながらも、実は少しだけ期待していた。
家に上がると、静かだった。
誰もいない、落ち着いた空気。
“二人きり”という言葉が、頭の中でひっそり響く。
案内された水守くんの部屋は、思っていた通りの感じだった。
本棚に並ぶ漫画と参考書。
机の上はちゃんと片付いていて――
(……水守くんだな)
そう思って、自然と口元が緩む。
でも、しばらくすると寒さがじわじわ伝わってきた。
「……寒くない?」
「うん、ちょっと」
「リビング行こうか。暖房あるし」
「うん」
暖房の効いたリビングは、ほっとするくらい暖かかった。
テーブルに並んで、課題を広げる。
水守くんは真剣で、眉を寄せながら問題を追っている。
その横顔を見ているだけで、来てよかったと思った。
(……でも)
眠気が、じわじわと襲ってくる。
昨夜ほとんど眠れていない。
朝も早かった。
文字を追っているうちに、だんだん視界がぼやけてくる。
(あれ……?)
暖かさと、安心感と、寝不足。 全部が重なって、抗えなかった。
(ちょっとだけ……目、閉じよう……)
そう思った記憶までは、ある。
でも――次の瞬間には、意識が深いところへ落ちていた。
誰かの気配。 近くで、戸惑ったような空気。
うっすらと、暖かい静けさだけを感じながら、私は無意識のまま眠り続けていた。
水守くんの家で。 水守くんの隣で。
緊張も、不安も、全部ほどけた状態で。
(……安心する)
それだけが、眠りの底に残っていた。




