二人きりの勉強(灯視点)
土曜日の午前中、リビングのテーブルに教科書とノートを並べながら、私はずっとスマホを気にしていた。
テスト前だから——というのもあるけれど、それ以上に。
(水守くん、勉強……進んでるかな)
昨日、帰り道で「数学、ちょっとやばいかも」とこぼしていたのが気になっていた。
あのときは軽く聞き流したけれど、本当はとても心配だった。
そしたら——スマホが震えた。
名前を見ただけで胸がじんわり温かくなる。
『数学が……全然理解できてなくて。ちょっと詰んでる』
その一文で、心がぎゅっとなった。
(やっぱり……大変なんだ)
読んでいるうちに、自然と指が動いていた。
『よかったら、私が教えようか?』
送った直後、少しだけ緊張が走る。
でも、すぐに返ってきた返信を読んだ瞬間——胸がふわっと軽くなる。
『ほんとに……? 教えてもらえるなら、お願いしたい』
(……よかった。遠慮されなくて)
水守くんはよく人に気を遣うから、こうして素直に頼ってくれるのが、とても嬉しかった。
そして次のメッセージ——
『嫌じゃなかったら、白咲さんの家とかって……ダメかな?』
読み返すたび、口元が自然にゆるくなってしまう。
(……家に来てくれるんだ)
嬉しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。
すぐに「全然いいよ」と返しつつ、心の中では小さく跳ねていた。
午後を約束してから、私は慌てて掃除を始めた。
いつもより念入りに床を拭いて、クッションの位置を直して、散らかった雑誌を片付けて。
(変に思われないかな……とか考えるの、やめないと)
でも、止められなかった。
水守くんを家に呼ぶのなんて、初めてなのだから。
午後。
インターホンが鳴いた瞬間、心臓が一段強く跳ねた。
玄関を開けると、水守くんが少し緊張した表情で立っていた。
「来てくれてありがとう、水守くん。どうぞ上がって」
「お邪魔します……」
靴を脱ぐ仕草ひとつとっても、なんだか丁寧で、真面目で。
(……かわいい)
思わずそんな言葉が頭に浮かんでしまい、慌てて心の中に押し戻す。
テーブルに並べた参考書の前に座ってもらい、彼の苦手なところを聞いていく。
ノートの字は丁寧で、何度も考えては書き直した跡があった。
(ちゃんとがんばってるんだ……)
そう思うと、自然と教える声もやわらかくなった。
「ここ、たぶん考え方のところでつまずいてると思うよ」
説明していると、水守くんが少しずつ表情を変えていく。
わからない→気づく→理解する。
その瞬間の変化が、見ていてすごく嬉しい。
「あ、できた」
その言葉を聞いた瞬間、思わず顔が綻んだ。
「ほんと? やったじゃん!」
喜ぶと、彼も少し照れて笑う。
勉強を教えているだけなのに、胸がじわっと温かくなる。
「白咲さん……すごい。教えるの、上手だね」
「っ……そ、そんな上手なんて……!」
急に褒められて心臓が一瞬止まりかけた。
でも、水守くんは真剣な顔で言ってくれている。
その事実だけで、胸いっぱいになった。
(こんな顔……誰に見せたこともない)
説明したり、一緒に解いたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
夕方になり、一段落ついた頃。
「今日はほんとありがとう。すっごく助かった」
「ううん。またいつでも言ってね。私、水守くんが困ってたら力になりたいから」
口にした瞬間、頬が熱くなった。
でも、それは本当に思っていることだった。
水守くんは、少し驚いたみたいに目を瞬いたあと——
「……頼りにしても、いいの?」
「もちろん」
そう言った瞬間、彼の表情が少しだけ緩む。
その変化が——たまらなく愛しく感じた。
(ああ……)
今日、確信した。
水守くんはちゃんと、私に心を開いてくれている。
距離が近づいていくこの感覚が、嬉しくて、どうしようもない。
玄関で見送ったあと、閉じたドアにもたれてため息をついた。
胸が高鳴りっぱなしだった。
「……好きだなぁ、本当に」
ぽつりとこぼれたその言葉は、部屋の中に静かに溶けていった。




