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青に滲む光  作者:
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二人きりの勉強(蒼太視点)

週末の午前。

 机に広げた問題集のページを、僕は二十分以上も睨み続けていた。


 定期テストまで、もう一週間もない。


 青陵高校は進学校だから、授業のスピードは常に早い。

 みんなが「難しい」と言うのは知っていたけれど……正直、僕にとっては “難しいどころじゃない”。


「……なんで、こうなるんだ……?」


 数学の応用問題。

 授業ではなんとなく理解したつもりだったのに、いざ自分で解こうとすると手が止まる。


 教科書と問題集を行ったり来たりするうちに、時間だけが静かに溶けていった。


(……やっぱり無理なのかな)


 そんな弱音が、心の奥からにじんできた時だった。


 スマホが震えた。

 白咲さんからのメッセージだった。


『テスト勉強、進んでる?』


 短い文なのに、胸が少し軽くなる。


 少し迷ってから、正直に返した。


『数学が……全然理解できてなくて。ちょっと詰んでる』


 送って数十秒後、すぐに返信が来た。


『よかったら、私が教えようか?

 苦手なとこ、わかるまで一緒にやるよ』


 その言葉を見た瞬間、体の奥で何かがふっとほどけた。


 学年上位の白咲さんに教えてもらえるなんて、普通なら恐縮してしまうところだ。

 でも……素直に、嬉しかった。


『ほんとに……?

 教えてもらえるなら、お願いしたい』


 送る手が少し震えた。

 でも、すぐに「うん!」という明るい返事が返ってきた。


 そこでふと、思い切って提案してみる。


『僕の家はちょっと散らかってるし……教えてもらう側だし……

 白咲さんが嫌じゃなかったら、白咲さんの家とかって……ダメかな?』


 送ったあと、心臓の音が急に大きくなった気がする。

 非常識じゃないか、迷惑じゃないか、色んな不安が頭を回りだす。


 けれど


『全然いいよ。むしろ私のほうが教えやすいかも。

 午後からとか、どうかな?』


 その返事は想像以上にあっさりしていて、読み返すだけで胸がじんわり温かくなる。


『じゃあ……お願いします』


 そう送って、僕は静かに息を吐いた。


 こんなに誰かに頼ることが「安心」につながるなんて、知らなかった。



 午後。

 白咲さんの家の前に立つと、少し背筋が伸びた。


 マンションのエントランスはきれいで、落ち着いた雰囲気だった。


(……緊張する)


 インターホンを押すと、すぐに「はーい!」という明るい声が返ってきた。


 ドアが開いて、白咲さんが顔をのぞかせる。


「来てくれてありがとう、水守くん。どうぞ上がって」


「お、お邪魔します……」


 部屋は思ったよりずっと整っていて、淡い香りがした。


 リビングのテーブルに参考書とノートが揃えられていて、なんだか本当に勉強会みたいで、少し緊張が和らぐ。


「じゃあ、数学の苦手なところから見せて?」


「うん……ここなんだけど」


 僕のノートを覗き込んだ白咲さんは、丁寧に頷く。


「ここね。たぶん公式は理解してるんだけど、使い方のイメージが掴めてないんだと思う」


「やっぱり……そう、なのかな」


「うん。でも大丈夫。これはね——」


 白咲さんの説明は、驚くほどわかりやすかった。


 教科書よりも、授業よりもずっと噛み砕いてくれて、僕の理解のスピードに合わせてくれる。


 何度か同じところでつまずいても、嫌な顔をしない。


 むしろ嬉しそうに、僕のペースに寄り添ってくれる。


「……あ、できた」


「ほんと? やったじゃん!」


 顔を上げた白咲さんが笑う。

 その笑顔に胸が熱くなった。


「白咲さん……すごい。教えるの、上手だね」


「え、えへへ……。わかってくれるの、私も嬉しいよ」


 そんな風に言われたら、また解きたいと思ってしまう。


 僕は、こんな気持ちで勉強したこと……今まで一度もなかった。


――――


 気づけば外は夕方になっていた。


「今日はほんとありがとう。すっごく助かった」


「ううん。またいつでも言ってね。私、水守くんが困ってたら力になりたいから」


 その言葉がストレートに胸に刺さる。


 こんなふうに言ってくれる人が、自分の近くにいるなんて。


「……頼りにしても、いいの?」


「もちろん」


 ためらいなく言われて、視界が少しにじんだ気がした。


(……ああ)


 この日、僕ははっきりと自覚した。


 白咲さんの存在が、僕の中でどんどん大きくなっていることを。


 彼女に助けてもらえることが、もうただの“勉強”じゃなくなっていることを。


 テスト前なのに、胸のどこかが妙にあたたかかった。

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