二人の距離(蒼太視点)
ショッピングモールへ行ったあの日から、少しだけ世界が変わった気がした。
……いや、世界というより、僕の中の「人との距離感」が、かもしれない。
気づけば、白咲さんと話す時間が前よりずっと長くなっていた。
パソコン部の帰り道、校舎を出てすぐのところで、いつものように並んで歩いていたとき――
「ねぇ、水守くんって……家では何してるの?」
「え? ああ……その……アニメとか、漫画とか。わりと色々見るよ」
なぜか少し恥ずかしくて、声が小さくなった。
でも白咲さんは、嬉しそうに笑った。
「へぇ、そうなんだ。どんなの?」
「うーん……ジャンルは特に決めてなくて……気になったら何でも読む、かな。小説の原作とかも好きだし」
「そういうの、なんだか水守くんらしいね」
“らしい”と言われるほど自分のことを語ったことなんて、誰に対してもなかった。
胸の奥が、不思議と温かくなる。
「白咲さんは? 家では何してるの?」
自然にそう聞けたのは、たぶん初めてだった。
白咲さんは少し照れたように頬を触って、
「えっと……料理とか、お菓子作ったりとか。最近はマフィンを練習してる」
「お、すごい……」
「すごくはないよ。全然うまくいかない日もあるし……」
「でも、料理とかできるの、素直にすごいと思う」
「……っ」
白咲さんの足取りが、ほんの一瞬だけ止まったように見えた。
そのあと、ふわっと柔らかく笑う。
「ありがと」
その笑顔があまりにも自然で、僕は言葉を返すタイミングを少し逃した。
翌日の教室。
今までなら、席に座って本を読んで静かに過ごすのが当たり前だった。
でも――
「水守くん、おはよう」
いつもの時間に白咲さんが声をかけてくれる。
それだけで、教室の空気が少し明るくなったように感じた。
「おはよう。あの……昨日言ってたマフィン、どうだった?」
「えっ、覚えててくれたの? うん、昨日のはうまくできたよ。ちゃんと膨らんで!」
「そっか、それは……よかった」
「味見する? 少しだけ持ってきてるよ」
「い、いいの? そんなの……」
「もちろん」
小さな包みをそっと渡されて、胸がくすぐったくなる。
机の間を行き交うクラスメイトのざわめきが遠ざかって、二人だけの会話みたいな感覚になった。
いつの間にか、趣味の話だけじゃなくて、休日の過ごし方とか、好きな科目とか、子どもの頃の思い出とか――
本当に色んな話をするようになっていた。
昔の僕なら考えられないほど、言葉が自然に出てきた。
放課後、部室へ行く途中。
ふと口が勝手に動く。
「……なんか、最近よく話してるよね、僕たち」
言ってから気恥ずかしくなったけれど、白咲さんは嬉しそうに目を細めた。
「うん。私も、話せてすごく楽しいよ」
「……僕も」
その言葉は、もう隠さなかった。
白咲さんに話すと、胸が軽くなる。
聞いてもらえるのが嬉しい。
気づけば、教室で声をかけられるのを楽しみにしている自分がいる。
(……心、開いてるって……こういうことなのかな)
まだうまく言語化できないけれど、白咲さんと話す時間が、確かに僕を変えつつある。
僕達の距離は、確かに少しずつ――ちゃんと近づいていた。




