二人のお出かけ(灯視点)
水曜日。創立記念日で学校がお休みの日。
待ち合わせは十時――だったのに。
気がついたら、私はもう九時半に桜川駅へ着いていた。
「……はやすぎた……」
自分でも分かってる。
嬉しくて、楽しみで、落ち着かなくて。
家にいたらずっとそわそわするだけだと思ったから、つい家を早く出てしまった。
ベンチに座って、スマホを見て、時間を見て、またスマホを見る。
足も手も落ち着かない。こんなに緊張するのは初めてかもしれない。
――デートみたいだなって、心のどこかで思ってるから。
もちろん口には出せないけど。
そんなふうに内心で胸の鼓動をごまかしていたら。
「白咲さん」
名前を呼ばれた瞬間、肩がとびあがるくらい驚いた。
「み、水守くん……! おはよう!」
思ったより明るい声が出てしまった。
今日の水守くんは、いつもよりちょっとだけ背筋が伸びていて、服装も綺麗にまとめられていて……
その“ちゃんと準備してきてくれたんだ”って気配が、胸の奥まであったかくなった。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
並んで改札を通る。
それだけで、少し浮き立つような気持ちになる。
電車の中、近くに人がほとんどいなくて、落ち着いた空気の中で揺られていく。
横顔を盗み見ると、どこか緊張しているようで、でも楽しみにしているようでもあって。
(……かわいい、って思っちゃった)
もちろん言えないけど。
ショッピングモールに着くと、やっぱり平日のせいかすごく空いていた。
「どこから回ろっか?」
私がそう聞くと、水守くんはどこでもいいよ、みたいに私のほうを見た。
その視線がくすぐったくて、すぐ近くの雑貨屋さんを指差した。
「最初は……あそこ、行ってみない?」
「いいよ」
雑貨屋はハロウィン一色で、オレンジ色の飾りやライトがたくさんあった。
「かわいい……あ、このライト見て。カボチャの形」
「ほんとだ。よくできてるな」
気づけば自然に隣で会話が弾んでいた。
小さなハロウィン柄のポーチを見つけて、手に取って、気づいたら心が動いていた。
「買っちゃおうかな」
「似合うと思うよ」
水守くんがそう言った瞬間、胸の奥が一気にあたたかくなった。
「……ありがとう」
小さく言うだけで精一杯だった。
そのあと服やバッグの店をいろいろ回った。
特に何か買うでもなく、ただ一緒に見て、話して、笑って。
それだけで十分幸せだった。
時間に気づけば、もうお昼すぎ。
「そろそろお昼にしよっか?」
「うん」
フードコートへ向かって歩いているとき、ゲームセンターの前を通った。
その瞬間、水守くんの視線がそっちに吸い寄せられるように向いた。
(あ……行きたいんだ)
ほんの一瞬のことだったけど、すぐ分かった。
「お昼食べたら……あとで行こ?」
そう言うと、水守くんの表情がぱっと明るくなった。
その顔を見て、私まで嬉しくなる。
フードコートでは別々のお店で買ったご飯を並んで食べる。
水守くんの方を見ると、いつもより口数が多い気がして、嬉しさがこみ上げた。
そして午後、ゲームセンターへ。
「すご……水守くん、こんなに上手だったんだ」
クレーンゲームも、メダルゲームも、太鼓のリズムゲームも。
夢中になって目を輝かせている姿が新鮮で、まるで知らない一面を見たみたいだった。
本当に楽しそうで、見ているだけで胸がいっぱいになる。
「……取れた」
クレーンゲームでクマのぬいぐるみを取った水守くんが、ぽつりと声を漏らした。
「すごい! 取れたんだ!」
「……よかったら、白咲さんに」
「えっ……ほんとに、いいの?」
クマのぬいぐるみは、ふわふわで、ちょっと眠たそうな顔をしていて、すごく可愛かった。
胸がぎゅっとしめつけられるくらい嬉しくて。
「……ありがとう。大事にするね」
そう言うと、水守くんは少し照れていた。
その反応が、また嬉しかった。
夕方、桜川駅に戻ってきたころには、空がすっかり茜色になっていた。
「今日はすっごく楽しかったよ」
「僕も……ほんとに」
そう言ってくれた時の声が、やっぱりやわらかくて。
「また行けたらいいな」
「ぜひ」
その返事に胸をとんとんと叩かれたみたいに心が跳ねた。
「じゃあ、水守くん。今日はありがとう。またね」
「また明日」
階段を下りながら、何度も振り返りたくなる気持ちを抑えた。
家に帰ると、玄関で一度深呼吸してから自室に入った。
バッグを置いて、ベッドの横の棚の上に、そっとクマのぬいぐるみを置く。
柔らかい茶色の毛。
ちょこんとした耳。
少し眠たげな顔。
「……かわいい……」
思わず声に出てしまう。
水守くんが取ってくれたぬいぐるみ。
自分のために。
自分に渡すために。
その事実が胸の奥をくすぐり続ける。
少しだけ目を閉じて、今日一日のことを思い返す。
雑貨屋での笑顔。
緊張していた横顔。
ゲームセンターでのはしゃぐ姿。
クマを渡してくれた時の優しい声。
「……また、一緒に行けたらいいな」
ぽつりと漏れた願いは、誰に聞かれることもなく部屋の中に溶けていった。
ぬいぐるみを抱きしめてベッドに倒れ込むと、頬が勝手にゆるんでしまう。
こんなに幸せな休日があるなんて、知らなかった。
クマのぬいぐるみは、今日からずっと、私の大事な宝物だ。




