近づく距離(蒼太視点)
放課後の部室での作業が終わり、僕らは青葉台駅へ向かっていつものように並んで歩いていた。十月の風は少し冷えてきていて、街のあちこちにハロウィンの飾りが並び始めている。
「そういえば水守くん、明日、創立記念日で休みだよね」
「うん。家で課題やるくらいかな」
「……あのさ」
白咲さんが、ほんの少し歩くスピードを落とした。
横顔を盗み見ると、まっすぐ前を見ているのに、どこか緊張したみたいな表情をしている。
「明日、よかったら……一緒に出かけない?」
「え?」
思ったよりも大きい声が出て、自分で驚いた。
「えっと、その……最近いろいろ頑張ってたし、気分転換にもなるかなって。迷惑じゃなかったらでいいんだけど」
迷惑なんて、そんなわけがない。
ただ――僕は人と出かけるなんてほとんど経験がなくて、どう返したらいいか一瞬わからなくなった。
「……行くよ。僕でよければ」
言うと、白咲さんはぱっと表情を明るくした。
「ほんと? よかった……!」
その笑顔を見て、胸の奥がじんわり温かくなる。
「どこに行くの?」
「うーん……いろんなお店があった方が楽しいかなって思って……ショッピングモールとかどう?」
なるほど、確かに何でもそろっている。
家族で行ったことはあるから場所の雰囲気くらいはわかる。でも、誰かと二人で行くのは初めてだ。
「いいと思う。じゃあ……」
「桜川駅で待ち合わせしよ? 電車乗るんだし」
「うん、そうだね。……桜川駅で」
僕も白咲さんも、家の最寄り駅がそこだから、自然な流れだった。
青葉台駅の改札前に着く。
「じゃあ、水守くん。また明日ね」
「うん。気をつけて帰って」
白咲さんは手を軽く振って、階段を下りて行った。
家に帰って自室のドアを閉めた瞬間、息を吐き出した。
「……明日、出かけるのか」
友達と遊びに行く、という経験がほぼゼロに近い僕にとって、それは未知のイベントだった。
緊張がないわけじゃない。でも――嫌な感じではなかった。
むしろ、どこか少しだけ楽しみで。
白咲さんと二人で歩くこと。
白咲さんと何かを見ること。
白咲さんとご飯を食べたり、選んだり、笑ったりするのかもしれないということ。
そう考える自分に気づいて、思わず頬が熱くなる。
「……落ち着けよ」
でも、嬉しい。
その事実だけは、誤魔化しようがなかった。
一方で、窓の外を見ながら考える。
白咲さんは、どうして僕を誘ってくれたんだろう。
理由を深く考えればするほど、胸の中で不安と期待が交互に揺れた。
でも――今日の彼女の笑顔を見る限り、僕といるのが嫌だということは、きっとない。
それなら、ちゃんと向き合いたい。
「……明日、変じゃない格好にしないとな」
クローゼットを開けて、少しだけ悩んで、いつもよりちゃんとした服を選んでみる。
選んだ自分にも驚く。
でも、それは“誰かに会うために準備する”という当たり前の行動なのかもしれない。
そして明日、白咲さんが笑ってくれたら――
それで十分だ。
「……ちゃんと、楽しめたらいいな」
小さく呟いた声は、今日はやけに素直だった。




