変化する気持ち(灯視点)
水守くんに告白してから、もうすぐ二週間が経つ。
最初の一週間は、思い出すだけで胸が痛くなるほど気まずかった。 けれど、それでも私は“変わらない”ことを選んだ。
いつも通りに隣にいて、いつも通りに笑って、
そして――無理じゃない限り、ちゃんと褒める。
だって、水守くんは自分を低く見すぎるから。
誰よりも周りを見て動けるのに。
困っている人に気づけるのに。
みんなが自然に頼ってしまうくらい、さりげなく支えてくれるのに。
それでも本人は、ほんの少し褒めただけで慌てたように否定してしまう。
その度に、胸がきゅっと苦しくなる。
――そんなふうにしなくていいのに。
そう思いながらも、焦らずゆっくりと。
水守くんが自分で自分を否定しないようになるまで、寄り添っていくつもりだった。
でも、ここ数日。
その変化は、急に訪れた。
放課後、部室へ向かう廊下。
隣を歩く水守くんの横顔が、少し柔らかく見えた。
「そういえば水守くん、この前のコード整理してくれたでしょ? あれ、助かったよ」
言った直後、水守くんの肩が小さく揺れた。
――いつもみたいに否定するかな。
そう思っていたのに。
「……ありがと」
その言葉が返ってきた瞬間、足が止まりそうになった。
“ありがとう”
その一言が、こんなにも温かくて、嬉しくて。
胸の奥にそっと触れられたように、静かに震えた。
「うん」
自然と笑みがこぼれる。
水守くんが素直に受け取ってくれたことが、ただそれだけで報われた気がした。
部室に入り、いつものようにパソコンを立ち上げながら横目で水守くんを見る。
資料を直して、必要なものをすぐ取れるように置き直して――
その一つひとつの動きが、丁寧で無駄がなくて、やっぱり好きだと思った。
「水守くんって、気づくの早いよね」
近づいて声をかけると、水守くんは目を丸くした。
「“これしといた方がいいかな”ってところ。
いつも自然に動いてくれるから、部室の空気がすごく助けられてるんだよ」
言いながら、少しだけ不安になる。
また否定されちゃうかな、って。
でも――
「……どういたしまして」
たった四文字なのに、胸がぎゅっと掴まれた。
「えへへ、なんか今日の水守くん、いいね」
素直になってくれた。
私の言葉をちゃんと受け取ってくれたんだ。
その事実が、息をするより自然に嬉しかった。
帰り道。
夕焼けから夜へ移る空の色を眺めながら歩く。
「今日の作業、早かったね。水守くんが先に流れ作ってくれたからだよ」
「いや、それは……」
あ、また否定しちゃうかな――と思った瞬間。
水守くんはそこで言葉を止めて、少しだけ考えるように視線を落として。
「……よかった」
その答えに、胸が熱くなった。
「うん、よかったよ。ほんとに」
気づくと笑っていて、そしてその笑顔が自然にこぼれているのが分かった。
褒め言葉を“拒否されない”って、こんなに嬉しいものなんだ。
桜川駅の改札前。
「じゃあ、また明日ね。水守くん」
「うん。……また明日」
その声色が前より柔らかい。
別れたあと、階段を下りながら、私は胸に手を当てた。
水守くんは今、少しずつ変わろうとしている。
私の言葉を信じてくれようとしている。
“褒められる自分”を受け入れようとしている。
その変化が、たまらなく嬉しい。
でも同時に――ほんの少し、切なくもあった。
きっと私は、また水守くんを好きになってしまっている。
告白が終わったからって気持ちが消えるわけじゃない。
むしろ、前よりもっと強くなってる気さえする。
それでもいい。
焦らなくていい。
“ありがとう”を言ってくれるようになった水守くんが、私にとって何よりの答えだった。
明日も、また褒めると思う。
そしてきっと――
水守くんは、また少しだけ前を向く。
その度に私は、そっと背中を押すんだ。
変わり始めた彼の隣に、まだ立っていたいから。




