変化する気持ち(蒼太視点)
白咲さんに告白されてから二週間ほどが経った。
あの日からの一週間は、ただ気まずさと戸惑いだけが胸の中を占めていた。
でも――ここ数日は、その気まずさの色が少しだけ薄くなってきた気がする。
理由は、きっとひとつだ。
白咲さんが、いつも自然に僕を肯定してくれるからだ。
最初は戸惑うだけだった。
褒められても「そんなわけない」「たまたまだよ」と否定するしかできなかった。
でも――最近、その“褒め言葉”が、変な抵抗もなく胸の奥に入ってくるようになった。
自分でも驚くくらいに。
放課後、パソコン部の部室へ向かう廊下。
いつものように横を歩いていた白咲さんが、ふっと笑った。
「そういえば水守くん、この前のコード整理してくれたでしょ? あれ、助かったよ」
「え……あぁ、うん。まあ、見づらかったし」
「見づらいって気づけるのがすごいんだよ? 私、たぶん放っておいちゃうし」
前ならきっと、 ――そんなわけないよ
って言っていただろう。
でも今日は、喉の奥まで出かかったその言葉を、なんとか飲み込めた。
「……ありがと」
言えた自分に驚いた。
白咲さんは一瞬目を瞬かせて、それからふんわり笑った。
「うん」
その小さな「うん」が、なぜだか胸の奥をゆるくほどいた。
部室に入り、それぞれが作業を始めたころ。
僕が先輩の資料をまとめて棚に戻していると、白咲さんが椅子を片手で引きながら近づいてきた。
「水守くんって、気づくの早いよね」
「気づく?」
「うん。“これしといた方がいいかな”ってところ。
いつも自然に動いてくれるから、部室の空気がすごく助けられてるんだよ」
自然に動いてるわけじゃない。
“自分がやらないとダメだ”って思ってしまう癖があるだけだ。
そう思ったけど――言葉にはしなかった。
代わりに、さっきより少しだけ自然に言えた。
「……どういたしまして」
「えへへ、なんか今日の水守くん、いいね」
「い、いいって……なにが」
「素直で。うれしい」
顔が熱くなるのが分かった。
でも、嫌じゃなかった。
帰り道、青葉台駅へ向かう歩道。
空が少しずつオレンジから群青色へ変わっていく。
「今日の作業、早かったね。水守くんが先に流れ作ってくれたからだよ」
「いや、それは……」
否定しかけて、口をつぐむ。
いつも通りの、自分を下げる言葉まであと一歩だった。
でも、飲み込めた。
「……よかった」
「うん、よかったよ。ほんとに」
もう何度目か分からないくらい自然に、白咲さんが笑う。
その笑顔を見るたびに、胸の奥のざわつきの質が変わっていく。
気まずさでもなく、戸惑いでもなく。
どちらかと言えば――
嬉しいとか、誇らしいとか、そんな言葉に近い何かだ。
桜川駅の改札に着き、いつものように互いに向き合う。
「じゃあ、また明日ね。水守くん」
「うん。……また明日」
別れの挨拶をしたあと、白咲さんが階段へ向かうのを見送りながら、胸に手を当てた。
気づいてしまう。
僕は今、白咲さんの言葉を“疑って”はいない。
“褒められるなんてありえない”と反射的に思っていた、あの頃の自分が少しずつ薄れている。
褒められる理由なんて分からない。
でも、白咲さんが言うなら――少しくらい信じてもいいのかもしれない。
そんなふうに思える自分が、確かにここにいる。
変わりたいなんて望んでいなかったはずなのに。
白咲さんの言葉は、ゆっくりと、でも確かに僕の中の何かを変えていた。
「……明日、ちゃんと褒められたら“ありがとう”って言えるかな」
ぽつりと漏らした独り言に、自分でも微かに笑ってしまう。
白咲さんがそばにいると、前よりも自分を嫌いにならずにすむ。
それが、今日の僕にとっていちばんの収穫だった。




