進み出す関係(蒼太視点)
白咲さんに告白されて、断ってから、一週間が経った。
日常は、見た目だけなら何も変わっていない。 教室でも部室でも、僕らは以前と同じように話し、同じように隣を歩く。
でも――
僕の中だけは、ずっとぎこちないままだ。
そして最近、もうひとつ気になることがある。
白咲さんが、やけに僕を褒めてくる。
放課後、パソコン部の部室へ向かう廊下を歩いていたときだった。
「そういえば水守くん、文化祭の写真まとめてくれてたよね。すごく見やすかったよ」
「あ、いや……適当にやっただけだよ」
「ううん、ああいうのってほんと助かるんだよ?」
その声は本当に自然で、無理なんて微塵も感じられなかった。
なのに僕の方が、言葉を受け止めきれずに歩幅が少し乱れた。
(……また褒めてくれてる)
気まずいわけじゃない。
だけど、胸の奥がくすぐったくて、落ち着かない。
それがどうしてなのか、自分でもよくわからない。
部室に着き、いつもの席でパソコンを起動しながらケーブルを束ねていると、
「水守くんって、片付け上手だよね」
「え、片付け? ただ束ねてるだけだよ?」
「その“ただ”がちゃんとできるのがすごいの。私、そういうところ好きだな」
好き、だなんて。
一瞬、心臓が跳ねた。
でも白咲さんは、別に特別な意味なんてないように笑っている。
――もしかして僕の勘違いだろうか。
そう思って、自分の胸の騒ぎを押し込めた。
帰り道。
青葉台駅へ向かう歩道を二人で歩いていたときだった。
「今日のプログラム、動いたね。水守くんの調整のおかげだよ」
「いや、コード書いてたのは宮原先輩だし」
「それでも、直してくれる人がいなきゃ動かないよ? 水守くんって、ほんと気づくの早いんだね」
……まただ。
褒められすぎている気がする。
だけど白咲さんの目は、本当にまっすぐで、嘘がない。
だからこそ、疑問が口をついて出た。
「……なんでそんな褒めるの?」
白咲さんが足を緩め、僕を見上げた。
「え? 褒めすぎだった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……なんで僕なんか……その、わざわざ言わなくても」
「言いたいんだよ」
迷いのない声だった。
「水守くんができてること、ちゃんと伝えたいの。
だって……気づかないと、すぐ自分を低く見ちゃうでしょ?」
「……っ」
胸の奥で、何かが刺さった。
白咲さんには、僕のそういうところが見えていたのか。
いや、見抜かれていたのか。
「気になったら言っちゃうの。自然とね」
夕方の光の中で、白咲さんは柔らかく笑った。
その笑顔に、嘘も作り物も一つもなかった。
――自分を低く見てしまう癖。
それは認めたくないのに、薄々自覚しているものだった。
白咲さんの言葉が、その奥に触れてくる。
胸のざわつきが、今日は痛みよりも温かさのほうが少し大きい。
「……ありがとう」
ようやく、絞り出すように言ったその一言を、
「うん」
白咲さんは、嬉しそうに受け取ってくれた。
桜川駅で別れたあと、家へ向かいながら思う。
白咲さんに褒められても、素直に受け取れない。
だけど――少しだけ嬉しい。
そしてその嬉しさが、僕自身の中で何かを変え始めている。
(……僕は、変わってきているのかもしれない)
胸の奥に灯りがともるように、
白咲さんの言葉が、じんわり残っていた。
自分を肯定するのが苦手な僕でも、
――白咲さんの言葉だけは、不思議と心に入ってくる。
そのことに気づいた一日だった。




