変化の兆し(灯視点)
朝の教室には、昨日までの熱気なんて跡形もなくて、ただ少し冷たい空気が流れていた。
でも、私の胸の中だけはまだ落ち着いていなかった。
――昨日、私は水守くんに告白した。
そして、断られた。
その事実は、眠って起きた今でも胸の奥に残っていたけれど……。
(それでも、変わらないでいよう)
そう決めて学校へ来た。
ホームルーム前、席に向かう途中で、ちょうど水守くんの横を通りかかった。
「おはよう、水守くん」
いつもと同じ声を出したつもりだった。
水守くんは、少し驚いたようにしてから、
「あ……おはよう」
と返してくれた。
その声が少しだけぎこちない。
――やっぱり、気まずいよね。
それでも私は、昨日のことを表に出さないように笑った。
水守くんを困らせたくないから。
彼の前では、いつも通りでいたかった。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
授業中、何度もペンを握る手が震えてしまいそうになった。
昨日の改札前でのやり取りが、ふっとよみがえる。
好きって言った、自分。
断られても、それでも食い下がった、自分。
最後にどうしようもなく笑ってしまった、自分。
(あんな顔、見せたくなかったのに……)
でも、それでも、後悔はしていなかった。
好きになることも、伝えることも、きっと間違っていなかった。
放課後。
パソコン部の部室へ向かおうと廊下へ出ると、少し前を水守くんが歩いていた。
昨日までなら、ただ自然に並んで歩いていた距離。
でも今日は、彼の歩幅がどこか遠く感じた。
それでも、私は声をかけた。
「あ、待って。水守くんも部室?」
「う、うん。行くよ」
「じゃあ一緒に行こ。今日、宮原先輩が文化祭を頑張ったご褒美持ってくるって言ってたし」
「……そうなんだ」
返事は少し硬い。
でも、会話が途切れなかっただけで十分だった。
(大丈夫……大丈夫。私は、今まで通りにするって決めたんだから)
胸の奥に小さく痛むものはある。
けれどそれを押し込めて、私は笑った。
部活が終わって、帰り道。
いつも通り、青葉台駅まで一緒に歩く流れになった。
「文化祭、終わっちゃったね。なんか、あっという間だったなぁ」
「……そうだね」
「でも、パソコン部の展示、すごく評判よかったよ。水守くん、ずっと頑張ってたし」
「そ、そんなことないよ」
彼の横顔が、ほんの少し赤くなったように見えた。
胸が、ちくり、とした。
――昨日の告白を思い出したからじゃない。
――断られたことが苦しくなったからじゃない。
ただ、こうして話せていることが嬉しかった。
たとえ気まずさが残っていても。
たとえ水守くんが、昨日のことで戸惑っていても。
私は、水守くんと並んで歩けるこの時間が好きだった。
桜川駅に着き、改札を出る。
「じゃあ、水守くん。また明日ね」
できるだけ、明るく。
昨日とは違う意味で微笑んだ。
水守くんは少し戸惑ったような顔をして、そして
「……うん。また明日」
と返してくれた。
その小さな変化が、ほんの少しだけ暖かかった。
(また明日も……きっと、いつも通りに)
そう思いながら、私は家へ続く道を歩き出した。
胸の痛みと同じくらい、
胸の奥底にまだ残っている“好き”の気持ちを抱えながら。




