文化祭を終えて(灯視点)
文化祭の熱気が冷めないまま、それでも夕方の校舎は静かになっていった。
垂れ幕を外し、パネルを片づけ、机を並べ直す。
クラスの片づけが終わったころには、窓の外の空はすっかり暮れていた。
「白咲、こっちはもう大丈夫だよ。部活のほう行ってきていいよ」
クラスメイトに背中を押されるようにして、私は教室を出た。
廊下の先には、同じく呼ばれた蒼太くんが田島先輩と話している。
「よし、水守。パソコン部のほう手伝ってくれるか?」
その声を聞きながら、私は蒼太くんの隣に並ぶ。
彼が先輩に頷くのを見て、胸の奥が少し温かくなった。
部室に行くと、宮原先輩が段ボールをまとめているところだった。
「水守くん、手伝いに来てくれたんだ。助かるよ」
優しい声とともにほっとするような笑顔が向けられる。
「白咲さんも、お疲れさま。そっちは大変だったでしょ?」
「あ……いえ、そんな……ありがとうございます」
少しだけ照れながら答えると、視界の端で蒼太くんが同じように作業に入っていく。
二人で並んでパネルを解体し、梱包して、棚に戻す。
文化祭の名残りが少しずつ消えていく。
最後の段ボールを積み終えたとき、田島先輩が手を叩いた。
「よし! 終わったな。じゃあこのあと、打ち上げ行くぞ。パソコン部全員で」
その声に、胸がどきっと跳ねる。
今日、話すつもりじゃなかったのに――でも、蒼太くんと過ごせる時間が増えるのはやっぱり嬉しかった。
「水守くん、予定大丈夫?」
宮原先輩の柔らかい声が響く。
「あ……クラスのもあるんですけど、僕は……こっち行きます」
その言葉を聞いた瞬間、心が軽くなるのを感じた。
「じゃあ、私も……パソコン部の打ち上げに行きます」
気づいたら、自然と言葉が出ていた。
「白咲さん、無理してない?」
宮原先輩が心配そうに聞く。
「いえ、行きたいので」
ほんの一瞬だけ、蒼太くんのほうを見た。
その視線に気づかれたかは分からない。
ファミレスでの打ち上げは、とても楽しかった。
田島先輩がテンション高く騒いで、宮原先輩が優しく笑って止めて、
蒼太くんと私は横でそれを聞きながら笑っていた。
蒼太くんと同じテーブルで、同じものを食べて、同じことで笑って――
それが、胸が苦しくなるくらい嬉しかった。
でも、時間はすぐに終わってしまう。
「じゃ、俺たちは自転車で帰るから」
「二人とも、気をつけてね」
宮原先輩と田島先輩が自転車置き場へ向かっていき、私たちは二人きりになる。
夜風が頬を撫でていく。
昼の熱気が全部消えてしまったみたいだった。
「帰ろうか」
蒼太くんのその声に、胸の奥がぎゅっと締まった。
「うん」
隣を歩く。
街灯の下でできる二人の影が、少しだけ近い。
文化祭の喧騒がまだ耳に残っているのに、私たちの周りだけ静かだった。
電車に揺られて、桜川駅へ着く。
改札を出ると、帰り道に分かれるいつもの場所。
……でも、今日は違う。
「……蒼太くん」
思わず、彼の背中に手を伸ばしそうになる。
それをぐっとこらえて、声だけで引き留めた。
振り向いた蒼太くんの表情は、優しくて、少し驚いていて――
その顔を見た瞬間、胸の奥の決意が揺るがなくなった。
「その……話したいことがあるの」
大きく息を吸う。
心臓が壊れそうなほど速く鼓動している。
「私……蒼太くんのことが好き。ずっと、ずっと前から」
言った瞬間、世界が凍ったように静かになった。
でも蒼太くんは――
「……ごめん」
静かに、でもはっきりとそう言った。
「え……なんで?」
わかってた。
うすうす、気づいてた。
でも、言わずにはいられなかった。
「僕なんか……白咲さんに釣り合わないよ。勉強も運動も、人付き合いも……全部、白咲さんのほうがずっと上で。僕には……」
「そんなの関係ないよ」
本当はもっと強く言いたかった。
「私が、蒼太くんを好きなんだよ。理由なんて――」
「でも、ダメなんだ」
その言葉が胸に突き刺さる。
「白咲さんがそう言ってくれても、僕は……受け取れない」
「……どうしても?」
涙をこらえながら聞くと、蒼太くんは痛そうな顔をして――
「……ごめん」
その一言で、全部わかってしまった。
俯いて、深呼吸をして、顔を上げる。
笑わなきゃいけない、と思った。
「……そっか。わかった」
本当は笑えなかった。
でも、笑わなきゃいけなかった。
「今日はありがとう。おやすみ、蒼太くん」
頭を下げて、家の方向へ歩き出す。
背中を向けた瞬間、涙がこぼれそうになった。
でも――振り向かないと決めた。
さよならじゃない。
でも、今はこれ以上言えなかった。




