文化祭を終えて(蒼太視点)
文化祭の熱気が嘘みたいに、夕方の校舎は静まり返っていた。垂れ幕を外し、パネルを片づけ、教室の机を並べ直す。クラスの片づけを終えるころには、もうすっかり日が傾いていた。
「よし、水守。パソコン部のほう手伝ってくれるか?」
田島先輩が声をかけてくれて、僕は頷いた。
「はい、行きます」
白咲さんも「クラスはもういいよ」と背中を押されるようにして、一緒に部室へ向かった。
部室では、段ボールや展示用のケーブルを宮原先輩がまとめていた。
「水守くん、手伝いに来てくれたんだ。助かるよ」
宮原先輩は、どこかほっとしたように微笑んだ。
「白咲さんも、お疲れさま。そっちは大変だったでしょ?」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
白咲さんが少し照れたように返す。
僕ら一年は言われたとおりにパネルを解体して、梱包し、棚に戻していく。最後の段ボールを積み終えたころ、田島先輩がポン、と手を叩いた。
「よし! 終わったな。じゃあこのあと、打ち上げ行くぞ。パソコン部全員で」
「えっ、今からですか?」
僕が聞き返すと、先輩はニッと笑った。
「当たり前だろ。文化祭が終わったんだぞ? 騒ぐしかないだろ」
「水守くん、予定大丈夫?」
宮原先輩が柔らかく調子を合わせてくれる。
「あ……クラスのもあるんですけど、僕は……こっち行きます」
正直、クラスの打ち上げは苦手だった。盛り上がる空気についていける気がしない。
そう言うと、すぐそばで白咲さんが目を上げた。
「じゃあ、私も……パソコン部の打ち上げに行きます」
「お、白咲も来るか。いいじゃん」
田島先輩は気にした様子もなく笑った。
「白咲さん、無理してない?」
宮原先輩は優しく気遣ってくれた。
「いえ、行きたいので」
その言い方が、どこか僕のほうをちらりと見たような気がして、胸が少しだけざわついた。
ファミレスでの打ち上げは、思っていたよりずっと楽しかった。田島先輩のテンションがやたら高く、宮原先輩がそれを笑いながら制止して、僕と白咲さんはそれを横で聞きながら笑っていた。
だけど、楽しい時間はすぐに終わる。
「じゃ、俺たちは自転車で帰るから」
田島先輩が手を振る。
「二人とも、気をつけてね」
宮原先輩も柔らかく言い、僕たちに手を振って自転車置き場へ向かっていった。
残されたのは僕と白咲さんだけ。
夜風が、昼間の熱気をすっかり奪っていた。
「帰ろうか」
自然とそう言っていた。
「うん」
ゆっくりと学校前の坂を下り、街灯の下を歩く。文化祭の喧騒がまだ耳に残っているのに、僕らの周りだけ静けさがあった。
電車に揺られて桜川駅に着き、改札を出る。
いつもなら「じゃあ、また明日」で終わる場所。
でも、今日は違った。
「……蒼太くん」
背中を引き留めるように、白咲さんが呼んだ。
振り向くと、彼女の表情は真剣だった。
鼓動が一瞬で強くなる。
「どうしたの?」
「その……話したいことがあるの」
白咲さんは深く息を吸い、そして――
「私……蒼太くんのことが好き。ずっと、ずっと前から」
言葉が夜の空気の中に溶けていく。
僕は一瞬で固まった。
――白咲さんが? 僕を?
「……ごめん」
そう言うのが精一杯だった。
「え……なんで?」
「僕なんか……白咲さんに釣り合わないよ。勉強も運動も、人付き合いも……全部、白咲さんのほうがずっと上で。僕には……」
「そんなの関係ないよ」
白咲さんは食い下がるように言った。
声が震えている。
「私が、蒼太くんを好きなんだよ。理由なんて――」
「でも、ダメなんだ」
喉が痛いほど苦しかった。
「白咲さんがそう言ってくれても、僕は……受け取れない」
「……どうしても?」
涙をこらえているような声だった。
「……ごめん」
白咲さんはしばらく俯いて、そしてゆっくり顔を上げた。
「……そっか。わかった」
無理に笑おうとしているのが分かった。
その笑顔が、胸に刺さった。
「今日はありがとう。おやすみ、蒼太くん」
白咲さんは小さく頭を下げると、家の方向へ歩き出した。
僕はただ、その背中を見送るしかなかった。




