近づく文化祭(灯視点)
二学期が始まって数日。
学校の空気はすっかり文化祭一色になっていた。
わたしのクラス――2組は出し物の準備が本格化していて、毎日教室はにぎやかだ。
でもその分、パソコン部に行く時間が少し遅れてしまっている。
(……みんなに迷惑かけてないかな)
そんな不安を胸に抱えながら、放課後、いつものように部室の扉を開いた。
「遅くなりました!」
肩で少し息をしてしまう。急いで走ってきたのがバレバレだ。
「白咲さん、おつかれ。こっちは大丈夫だから、無理だけはしないでよ」
宮原先輩の落ち着いた声に、自然と笑顔が出る。
「ありがとうございます。クラスもやっと形になってきました。……あ、水守くん、そのデータ見てもいい?」
蒼太――いや、水守くんはいつもどおりの表情で頷いた。
「う、うん。ちょうど確認しようとしてたところ」
わたしが隣に立つと、水守くんは少し椅子をずらしてスペースを空けてくれる。
その気遣いが、胸の奥で静かに響いた。
画面を見ると、映像が夏休みよりさらに綺麗になっていた。
「わあ……すごく良くなってる。水守くん、本当に編集上手だよね」
「そんなことないよ。ただ……慣れてるだけで」
「ううん、上手だよ。私、そう思う」
これは本音だった。
夏休み、ずっと作業を一緒にしてきた。
その中で、どれだけ丁寧に、どれだけ真面目にやってくれていたか知ってる。
だから、心からそう言えた。
彼の肩が少しだけ震えた気がする。
褒められ慣れていない反応が、なんだか少し可愛かった。
部活が終わり、田島先輩の「今日はここまで!」の声で区切りがつく。
部室を出れば、帰り道はいつもの二人。
青葉台駅へ向かって、ゆるい坂道を並んで歩く。
「今日も遅くまでありがとう、水守くん」
「いや、僕は普通に来てただけだし……。白咲さんこそ、クラスも部活もあって大変だろ」
「うん、大変。でも……文化祭って好きだから、やっぱり頑張っちゃうんだよね」
本当にそうなんだ。
忙しいけど嫌じゃない。
むしろ、この時期が一番ワクワクする。
だけど――
(……やっぱり、水守くんと話せる時間が好きだな)
誰にも言えない本音は胸の奥で膨らんでいくばかり。
駅に着き、電車に乗る。
夜に近い時間で車内は空いていて、どこか落ち着く。
「文化祭、もうすぐだね」
「そうだね。……夏休みも、あっという間だったな」
「うん。なんか……すごく濃かった気がする」
そう言いながら、少しだけ目を伏せる。
(……特に、あの日)
夏祭りで助けてくれたときの、水守くんの表情。
あのときの胸の高鳴りが蘇る。
「水守くんは……どうだった? 夏休み」
「僕は……まあ、普通だったよ。部活の作業がほとんどだったし」
「ふふ、でも一緒に頑張れたから、私にはすごく良い夏だったよ」
これは言わないと後悔すると思った。
でも言った瞬間、自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「……それなら、よかった」
彼の声は静かで、でもどこか揺れていた。
(もっと……近づきたいな)
胸が苦しくなるくらい強く思う。
やがてアナウンスが流れる。
『次は――桜川』
「あ、もう着いちゃうね」
「そうだね」
桜川駅の改札前で立ち止まると、いつもの別れの時間が来る。
「じゃあ……また明日。部活、最後まで一緒に頑張ろうね」
「うん。また明日」
水守くんが返してくれた声が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。
改札を抜けると、背中が熱くて仕方なかった。
(文化祭が終わったら……言うんだ)
夏祭りの日から決めていたこと。
怖いけど、それでも。
(ちゃんと想いを伝えたい)
胸の奥でひっそりと灯る決意を抱きながら、わたしは家までの道を歩いていった。




