近づく文化祭(蒼太視点)
夏休みが終わって数日。
二学期が始まると同時に、学校全体が文化祭モードに切り替わった。
僕たちパソコン部の準備も、いよいよ最終盤に入っている。
放課後の部室は、パソコンのファンの音と、キーボードを叩く小さな音だけが響いていた。
夏休み中に大半の作業を終えたおかげで、残っているのは微調整や展示の配置、上映スケジュールの確認くらいだ。
「水守くん、こっちは映像の色補正、終わったよ」
宮原先輩が、落ち着いた声で僕に声をかけてくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、そのデータ、こっちのフォルダに入れておいてもらえますか」
「了解」
ほんの短いやり取り。
でも、こうして自分が必要とされている感じは少しだけ心地よい。
そんななか、部室の扉が開く。
「遅くなりました!」
白咲さんが、肩で息をしながら入ってきた。
教室の文化祭準備が佳境らしく、ここ数日は毎日少し遅れて部室に来ている。
そのたびに「お疲れさま」と声をかけたいのに、僕はうまく言葉にできない。
「白咲さん、おつかれ。こっちは大丈夫だから、無理だけはしないでよ」
宮原先輩の声に、白咲さんは明るく笑う。
「ありがとうございます。クラスもやっと形になってきました。……あ、水守くん、そのデータ見てもいい?」
「う、うん。ちょうど確認しようとしてたところ」
僕が椅子を少しずらすと、白咲さんが横に来て画面を覗き込む。
距離が近くて、心臓が落ち着かない。
「わあ……すごく良くなってる。水守くん、本当に編集上手だよね」
「そんなことないよ。ただ……慣れてるだけで」
「ううん、上手だよ。私、そう思う」
迷いのない声で言われると、どうしても胸が熱くなる。
(……どうして、こんなにまっすぐ言えるんだろう)
僕なんか、褒められても自分に価値があるなんて思えないのに。
その後も、白咲さんは僕の横で作業を手伝ってくれた。
作業量は少ないのに、彼女が来るだけで部室の雰囲気が明るくなった気がする。
夕方、作業が一区切りつくと、田島先輩が手を打った。
「じゃあ今日はここまで! 本番まであと少しだし、体調崩すなよー」
「はーい」
先輩ふたりに見送られながら、僕と白咲さんは部室を後にした。
――そしていつもの帰り道。
校舎から青葉台駅までのゆるい坂道を並んで歩く。
夏の空気はまだ残っていて、陽が落ちても湿度がまとわりつくようだった。
「今日も遅くまでありがとう、水守くん」
「いや、僕は普通に来てただけだし……。白咲さんこそ、クラスも部活もあって大変だろ」
「うん、大変。でも……文化祭って好きだから、やっぱり頑張っちゃうんだよね」
そう言って笑う横顔は、いつもより少し疲れて見えたけれど、それ以上に楽しそうだった。
青葉台駅に着き、電車に乗る。
桜川駅までは三駅だけど、この時間は人が少なくて落ち着く。
「文化祭、もうすぐだね」
「そうだね。……夏休みも、あっという間だったな」
「うん。なんか……すごく濃かった気がする」
白咲さんが、言葉を選ぶようにぽつりと言う。
思わず視線を向けると、彼女は窓の外を見たまま、少しだけ頬を染めていた。
(……夏祭りのこと、思い出してるのかな)
胸の奥がざわつく。
「水守くんは……どうだった? 夏休み」
「僕は……まあ、普通だったよ。部活の作業がほとんどだったし」
「ふふ、でも一緒に頑張れたから、私にはすごく良い夏だったよ」
そんなことを平然と言うから、また言葉が詰まる。
「……それなら、よかった」
本当はもっと言いたい。
でも、変に期待しそうで怖い。
電車が減速し、アナウンスが流れる。
『次は――桜川』
「あ、もう着いちゃうね」
「そうだね」
桜川駅の改札の前で、僕たちはいつものように立ち止まる。
「じゃあ……また明日。部活、最後まで一緒に頑張ろうね」
「うん。また明日」
白咲さんは小さく手を振り、改札を抜けていった。
浴衣姿で困っていたあの日が、一瞬だけ頭をよぎる。
(……あの時より、距離は近くなったのかな)
そう思うのに、確信が持てない自分が情けない。
それでも、心のどこかで期待している自分がいる。
(文化祭……早く終わらないかな)
そんなことを思いながら、僕は家へと歩き出した。




