夏祭り、変わる二人(灯視点)
夏休みが始まって三週間が過ぎたある夕方。
私は、地域の夏祭りの手伝いを頼まれて、割り振られた時間の仕事を終え、休憩に入っていた。
町内会の人が「せっかくだし着ていきなさい」と貸してくれた浴衣。
薄い藤色の柄が気に入って、胸の奥が少しそわそわした。
(……浴衣で歩くの、思ったより恥ずかしいなあ)
けれど、せっかくの夏祭りだ。
いつもより人が多く、屋台の明かりに照らされて街が浮かび上がる。
(ちょっとだけ、屋台見てから戻ろう)
そう思って歩き出したときだった。
「ねえねえ、いいじゃん。どこ行くの? 祭りってさ、一人で歩くより誰かいた方が楽しいって」
「困ってるなら言ってよ。案内してあげるからさ」
正面から、二人組の男の人が近づいてきた。
声をかけられた瞬間は笑ってかわしたけど、ついてくる気配がある。
「あ、あの……大丈夫なので」
そう言っても、距離をとっても、ついてくる。
心臓がいやな鼓動を打った。
(どうしよう……)
周りはにぎやかで、助けを呼ぶほどのことでもない――そう思おうとした。
けれど、逃げるほどの勇気もない。
足が止まりそうになった、そのとき。
――聞き覚えのある声がした。
「白咲さん。……待たせて、ごめん」
振り返った瞬間、胸が驚きで跳ねた。
(水守くん……?)
浴衣姿の私を見つけたわけじゃなく、困っている私を見て来てくれた。
その事実だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
「誰? 彼氏?」
男たちが面倒くさそうに水守くんを見る。
いつもなら俯きそうな彼が、ぎこちないながらも前に立ってくれた。
「いや……単なる、クラスメイトです。だから、もう行きます」
声は震えていた。
でも、その背中は、確かに私を守っていた。
(……すごい)
そう思った瞬間、ほっとして、笑ってしまった。
「……水守くん、来てくれたんだ。ありがとう」
本当に、心から、そう思った。
その一言が伝わったのか、男たちは諦めたように舌打ちして去っていく。
胸の奥が熱い。
緊張がほどけたのか、ようやく息がつけた。
「助けてくれて……本当にありがとう。まさか、水守くんが来てくれるなんて思わなくて」
「……たまたま、見かけただけだよ」
照れ隠しだというのが手に取るようにわかる。
その不器用さが、どうしようもなく愛おしかった。
「全然、たまたまじゃなくてもいいよ。わたし、すごく嬉しかったから」
言いながら、胸がぎゅっと締めつけられる。
あのとき感じた怖さよりも、今の気持ちの方がずっと強い。
――そこへ、元気な声が飛んできた。
「お兄! あれ? 白咲先輩? ……今、お兄、人助けしてた?」
振り向くと、中学生くらいの女の子が、にやにやしながら水守くんの腕を引いている。
妹さんだ、とすぐにわかった。
(水守くん、お兄ちゃんなんだ……)
なんだか少し微笑ましい。
「珍し〜!」
「……うるさい」
葵ちゃんの言葉に、真っ赤になって反論する姿を見て、思わず笑ってしまう。
こんな一面を見るなんて思わなかった。
でも、それ以上に――
助けに来てくれた時の水守くんの姿が、頭から離れなかった。
「じゃあ……わたし、もう手伝いに戻るね。水守くん、本当にありがとう」
名残惜しさを押し隠しながら、言葉を残す。
「……うん。気をつけて」
その返事が優しくて、胸がじん、とした。
(……どうしよう)
あのまま、その場から離れた私は、歩きながらそっと胸に手を当てる。
さっきまでの鼓動とはまったく違う、熱い鼓動。
怖かったことも、戸惑ったことも、全部吹き飛ぶくらい。
(……好きになってしまうよ、こんなの)
浴衣の裾を握りしめながら、顔が熱くなるのをどうにもできなかった。




