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青に滲む光  作者:
25/54

夏祭り、変わる二人(蒼太視点)

 夏休みが始まって三週間が過ぎたある夕方。

 僕――水守蒼太は、妹の葵に腕を引っ張られながら、地元の夏祭りの会場へ向かっていた。


「お兄、なんかテンション低くない? せっかくの夏祭りなのにさ」


「……葵に無理やり連れてこられたからだよ」


「いいじゃん、どうせ家で暇してたんでしょ。文化祭の準備もほぼ終わったんでしょ?」


「まあ……そうだけど」


 図星だった。

 パソコン部は、先輩たち――田島先輩と宮原先輩の提案で夏休みの後半は活動休止。

 宿題も大半は終えてしまい、予定は何もない。

 だからといって、こういう人の多い場所は正直苦手だけど。


 祭り会場に着くと、提灯の明かりと、人いきれと、屋台のにおいが混ざり合って、街は昼間とはまったく違う空気をまとっていた。


「ほら、水風船釣りしよ!」


「……勝手に行けば?」


「はいはい、そういうとこだよ、お兄」


 葵はあきれたように言うと、水風船の屋台へ駆けていった。

 俺はその後ろ姿を見送りながら、適当に人の流れに身を任せて歩き始めた。


 そのときだった。


 ざわつく人混みの向こう。

 見覚えのある後ろ姿が、浴衣姿で歩いていた。


(……白咲さん?)


 思わず立ち止まり、目を凝らす。

 薄い藤色の浴衣に、白い帯。

 普段の白咲さんとは雰囲気がまるで違って見えた。

 祭りの手伝いを頼まれたと言っていたし、その関係だろうか。


 けれど、その白咲さんの前には、しつこく声をかける二人組の男がいた。


「ねえ、いいじゃん、ちょっとだけでさ」


「困ってるなら言えよ? 案内してあげるからさ」


 白咲さんは困ったように笑って、距離を取ろうとしている。

 それなのに男たちは執拗に付きまとう。


 胸の奥がざわついた。


(……どうする)


 足は動かなかった。

 いつもの癖だ。人に割って入る勇気なんて、俺にはない。


(関係ない……いや、関係なくはないだろ。白咲さんだぞ)


 心の中で何度もせめぎ合う。

 動けない理由ばかりが頭に浮かぶ。

 でも――


 白咲さんが、明らかに困っている顔をした瞬間。


(……嫌だ。見てるだけなんて)


 気づいた時には、俺はそっちへ歩き出していた。


 そして、震える声で言った。


「白咲さん。……待たせて、ごめん」


 男たちがこちらを向く。


「誰? 彼氏?」


「いや……単なる、クラスメイトです。だから、もう行きます」


 ぎこちない言い方だった。

 でも、それでも白咲さんは、驚いたように目を見開いて――そのあと、ほっと笑った。


「……水守くん、来てくれたんだ。ありがとう」


 その笑顔だけで、足の震えが少しだけ和らいだ。


「すみません、もう行きますので」


 そう言って、白咲さんの前に立ち、二人組との間に距離を作る。

 男たちは舌打ちして去っていった。


 白咲さんが、小さく息をつく。


「助けてくれて……本当にありがとう。まさか、水守くんが来てくれるなんて思わなくて」


「……たまたま、見かけただけだよ」


 本当は“たまたま”なんて言葉で片づけられるものじゃない。

 でも、格好つけるようなことは言えなかった。


「全然、たまたまじゃなくてもいいよ。わたし、すごく嬉しかったから」


(……また、だ)


 胸が変な音を立てる。

 夏祭りの喧騒よりも、その笑顔の方がずっと鮮明に感じられた。


 そこに葵が駆け寄ってくる。


「お兄! あれ? 白咲先輩? ……今、お兄、人助けしてた?」


「う、うるさい」


「珍し〜!」


 葵がにやにや笑いながら言う。

 白咲さんは苦笑しつつも、どこか嬉しそうで。


 俺の顔は熱くなるばかりだった。


「じゃあ……わたし、もう手伝いに戻るね。水守くん、本当にありがとう」


「……うん。気をつけて」


 そう言って別れたあとも、しばらく動けなかった。

 胸の奥が、いつもと違う速さで脈打っている。


(……何してるんだ、俺)


 けれど同時に、ほんの少しだけ自分を認められたような気がした。


 葵が横でぽつりとつぶやく。


「……お兄、ああいう顔、できるんだ」


「……頼むから黙ってて」


 けれどそのからかいも、どこか悪くなかった。

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