夏祭り、変わる二人(蒼太視点)
夏休みが始まって三週間が過ぎたある夕方。
僕――水守蒼太は、妹の葵に腕を引っ張られながら、地元の夏祭りの会場へ向かっていた。
「お兄、なんかテンション低くない? せっかくの夏祭りなのにさ」
「……葵に無理やり連れてこられたからだよ」
「いいじゃん、どうせ家で暇してたんでしょ。文化祭の準備もほぼ終わったんでしょ?」
「まあ……そうだけど」
図星だった。
パソコン部は、先輩たち――田島先輩と宮原先輩の提案で夏休みの後半は活動休止。
宿題も大半は終えてしまい、予定は何もない。
だからといって、こういう人の多い場所は正直苦手だけど。
祭り会場に着くと、提灯の明かりと、人いきれと、屋台のにおいが混ざり合って、街は昼間とはまったく違う空気をまとっていた。
「ほら、水風船釣りしよ!」
「……勝手に行けば?」
「はいはい、そういうとこだよ、お兄」
葵はあきれたように言うと、水風船の屋台へ駆けていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、適当に人の流れに身を任せて歩き始めた。
そのときだった。
ざわつく人混みの向こう。
見覚えのある後ろ姿が、浴衣姿で歩いていた。
(……白咲さん?)
思わず立ち止まり、目を凝らす。
薄い藤色の浴衣に、白い帯。
普段の白咲さんとは雰囲気がまるで違って見えた。
祭りの手伝いを頼まれたと言っていたし、その関係だろうか。
けれど、その白咲さんの前には、しつこく声をかける二人組の男がいた。
「ねえ、いいじゃん、ちょっとだけでさ」
「困ってるなら言えよ? 案内してあげるからさ」
白咲さんは困ったように笑って、距離を取ろうとしている。
それなのに男たちは執拗に付きまとう。
胸の奥がざわついた。
(……どうする)
足は動かなかった。
いつもの癖だ。人に割って入る勇気なんて、俺にはない。
(関係ない……いや、関係なくはないだろ。白咲さんだぞ)
心の中で何度もせめぎ合う。
動けない理由ばかりが頭に浮かぶ。
でも――
白咲さんが、明らかに困っている顔をした瞬間。
(……嫌だ。見てるだけなんて)
気づいた時には、俺はそっちへ歩き出していた。
そして、震える声で言った。
「白咲さん。……待たせて、ごめん」
男たちがこちらを向く。
「誰? 彼氏?」
「いや……単なる、クラスメイトです。だから、もう行きます」
ぎこちない言い方だった。
でも、それでも白咲さんは、驚いたように目を見開いて――そのあと、ほっと笑った。
「……水守くん、来てくれたんだ。ありがとう」
その笑顔だけで、足の震えが少しだけ和らいだ。
「すみません、もう行きますので」
そう言って、白咲さんの前に立ち、二人組との間に距離を作る。
男たちは舌打ちして去っていった。
白咲さんが、小さく息をつく。
「助けてくれて……本当にありがとう。まさか、水守くんが来てくれるなんて思わなくて」
「……たまたま、見かけただけだよ」
本当は“たまたま”なんて言葉で片づけられるものじゃない。
でも、格好つけるようなことは言えなかった。
「全然、たまたまじゃなくてもいいよ。わたし、すごく嬉しかったから」
(……また、だ)
胸が変な音を立てる。
夏祭りの喧騒よりも、その笑顔の方がずっと鮮明に感じられた。
そこに葵が駆け寄ってくる。
「お兄! あれ? 白咲先輩? ……今、お兄、人助けしてた?」
「う、うるさい」
「珍し〜!」
葵がにやにや笑いながら言う。
白咲さんは苦笑しつつも、どこか嬉しそうで。
俺の顔は熱くなるばかりだった。
「じゃあ……わたし、もう手伝いに戻るね。水守くん、本当にありがとう」
「……うん。気をつけて」
そう言って別れたあとも、しばらく動けなかった。
胸の奥が、いつもと違う速さで脈打っている。
(……何してるんだ、俺)
けれど同時に、ほんの少しだけ自分を認められたような気がした。
葵が横でぽつりとつぶやく。
「……お兄、ああいう顔、できるんだ」
「……頼むから黙ってて」
けれどそのからかいも、どこか悪くなかった。




