春、始まりの画面(灯視点)
春の風は少し冷たかった。
桜の花びらが舞うたびに、期待よりも不安のほうが少しだけ大きくなる。
私立青陵高校。
ずっと行きたかった学校。勉強も部活も、きっと充実した日々が待っている——
そんなふうに思っていた。
でも本当は、心のどこかでわかっていた。
私は“完璧”に見られているだけで、本当の私を知ってくれる人なんて、あまりいない。
入学式の日、隣のクラスに見覚えのある名前を見つけた。
「水守 蒼太」
中学のとき、同じクラスだった人。
いつも静かで、誰よりも人をよく見ていた人。
誰かが笑われているとき、一番最初に目を伏せるのが彼だった。
優しさに気づかれないように、そっとしておくような人。
その背中が、なぜかずっと印象に残っていた。
高校でも同じ学年。
それだけで少し嬉しくなってしまう自分に、呆れる。
私は、ちゃんと前を向いているはずなのに。
部活動紹介の日。
体育館は活気にあふれていた。運動部の声が響いて、空気が熱を帯びている。
でも、私の目はすぐに一か所で止まった。
《パソコン部》
そこに、彼がいた。
ブースの前で、少し戸惑いながら説明を聞いている蒼太の横顔。
相変わらず目立たない。けれど、その表情はどこか真剣で。
——入るんだ、この部に。
気づいたときには、もう決めていた。
理由なんて、後からどうとでも言える。
“動画編集に興味がある”って言えば、それで通る。
入部初日。
部室のドアを開けると、先輩たちの声が明るく響いていた。
「ようこそ、パソコン部へ!」と笑顔で迎える副部長の田島先輩。
その隣には落ち着いた雰囲気の宮原先輩。
どちらも優しそうで、すぐに安心できた。
でも——部屋の奥に座る彼を見つけた瞬間、心臓が一度だけ跳ねた。
「……水守くん?」
思わず声をかけていた。
彼は少し驚いたように目を見開き、ゆっくりとうなずく。
「白咲……同じ部活なんだ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
偶然でも、運命でも、どちらでもいい。
また話せる、それだけで十分だった。
「どうしてパソコン部に?」と聞かれて、少し迷った末に答えた。
「動画編集に興味があって。……あと、やってみたかったから」
本当は違う。
彼の近くにいたかった。ただ、それだけ。
活動が始まり、キーボードの音が部室に響く。
ファイルを共有し合う声、先輩たちの軽い冗談。
その中で、蒼太はほとんど話さなかった。
けれど、画面を見つめる横顔は真剣で、少しだけ楽しそうで。
私は、その表情を見て、思った。
あの人が自分のことを少しでも好きになれたらいいのに。
その願いが、春風に溶けていく。
窓の外では、桜の花びらが散り始めていた。




