揺れ始める距離(蒼太視点)
七月に入って、湿気がまとわりつくような空気になった。
パソコン部の部室は冷房が弱くて、その蒸し暑さがさらに疲労を増やす。
動画編集の作業も本格的に始まって、僕は放課後になると自然に白咲さんの隣に座ることが多くなった。
意図したわけじゃない。
ただ、気づけばそうなっていた。
作業の途中、田島先輩がにやけた顔でこちらを見てくる。
「水守、最近楽しそうだな?」
「……別に、そんなことないですよ」
否定するけど、田島先輩は「はいはい」とでも言いたげな顔で肩を叩いてくる。
うっとうしいけれど、悪意がないことも分かっている。
部活が終わると、いつもと同じ自然な流れで白咲さんと帰ることになった。
「今日の動画編集……見せてもらってもいい?」
彼女の声は、ほんとうにやわらかい。
「……うん。一応、少しだけ進めたけど」
「水守くんって、ほんとに頑張ってるよね。すごいなって思う」
まただ。
どうしてそんなふうに言えるんだろう。
「……そんなことないですよ」
そう言うしかない。
褒められるたび、胸の奥がざわつくから。
桜川駅の手前まで来たとき、彼女がスマホをちらっと見て、少し顔を赤くした。
「今日の夜、また動画の相談したいんだけど……いい?」
「……うん、大丈夫です」
言ったあと、胸の奥が少し痛んだ。
彼女とやり取りする時間が増えていくことが、怖いのに嬉しい。
そんな自分が嫌だった。
彼女は、ほんとうに僕なんかと話していて楽しいんだろうか。
「……じゃあ、また明日ね、水守くん」
白咲さんは、いつもの笑顔でそう言った。
「うん……また」
その一言を返すだけで、心が少しだけ熱くなるのを感じてしまう。
(僕は……どうしたいんだ)
答えは分かっているのに、認める勇気がまったくなかった。




