触れ始めた距離(灯視点)
文化祭の準備が始まって、毎日が少しずつ慌ただしくなってきた。
だけど――私はこの忙しさが、どこか嬉しかった。
水守くんと一緒に作業する時間が、確実に増えているから。
今日も放課後、部室の窓から差し込む薄い夕方の光の中で、
二人で動画の構成について話し合っていた。
モニターを見ながら、私は言う。
「……ここ、もうちょっと明るいカットが欲しいね」
「そ、そうですね……明日、外で撮りますか」
水守くんはいつも通り控えめで、
私と話すときはほんの少し緊張しているように見える。
その姿が、最近になってやっとわかってきた。
不器用で、でも優しくて、真面目で――私が好きになった理由全部が、そこにある。
でも、ただ好きなだけじゃ、だめなんだ。
ちゃんと距離を縮めたい。
彼が自分なんか、と卑下してしまうその壁を、少しずつ溶かしていきたい。
「うん。……あ、でも放課後だけだと時間足りないかも」
そう言って、私は小さく息を吸った。
(言うなら……今だよね)
文化祭の準備を理由にすれば、不自然じゃない。
でも本当の理由は――もっと話したい。
彼と繋がる時間が、どうしても欲しい。
「ねえ、水守くん」
名前を呼んだだけで、彼の肩がぴくっと揺れる。
その反応が、かわいくて、少し胸が痛い。
「……もしよかったら、連絡先、交換しない?」
彼は大きく目を開いた。
「えっ」
予想通りの反応に、思わず笑いそうになったけど、
たぶん笑ったら彼は余計に混乱してしまう。
だから私は落ち着いた声で続けた。
「ほら、文化祭の作業って急に確認したいこととか出るかもしれないし……。
連絡できたほうが便利だと思って」
言いながら、胸の奥がじんわり熱くなる。
(便利なのは本当。
でも……それだけじゃない)
もっと彼と言葉を交わしたい。
今日のこと、ちょっとした出来事、くだらない一言でもいい。
近くにいたいから。
だけど、その本音はまだ言わない。
言ったら、きっと彼を困らせてしまうから。
「……迷惑だったら、ごめんね?」
そう言うと、水守くんは慌てて首を横に振った。
「い、いえ……迷惑とか……そんなの……。
必要なら……交換、したほうが……いいですよね」
その言い方があまりにも彼らしくて、胸がぎゅっとなる。
「うん。ありがとう」
スマホを出しながら、
彼と連絡先を交換できるなんて、本当は夢みたいな気分だった。
QRコードを読み取ると、画面に
「水守 蒼太」
の文字が表示される。
それだけで、心臓が跳ねた。
思わず、少し嬉しくて微笑んでしまう。
「これで、連絡とれるね。
……よろしくね、水守くん」
そう言ったとき、
彼は少しうつむきながらも、真剣な声で返してくれた。
「よ、よろしく……お願いします」
その言い方が、なんだか大事な約束みたいに聞こえて、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
桜川駅に着くころ、
私は何度かスマホの画面を見てしまっていた。
(連絡先……交換したんだ。
水守くんと)
明日から、会えない時間にも彼の名前を見ることができる。
それだけのことが、
こんなに嬉しいなんて思わなかった。
そして——
これがきっと、私の気持ちがまた一段深くなるきっかけになる。
そんな予感がしていた。




