触れ始めた距離(蒼太視点)
六月が終わりに近づいて、部室の中もむっとした空気がこもるようになってきた。
文化祭の準備が本格的になって、パソコン部も忙しくなってきた。
今日は動画の構成を決めるために、放課後に二人で作業していた。
気づけば窓の外は少し暗くなっていて、部室の蛍光灯が白く光っている。
「……ここ、もうちょっと明るいカットが欲しいね」
白咲さんがモニターを覗き込みながらつぶやく。
その横顔に、僕の喉がひゅっと鳴った。
真剣な表情なのに、どこか優しくて。
こんな距離で見ていたら、変な気持ちになってしまう。
「そ、そうですね……明日、外で撮りますか」
「うん。……あ、でも放課後だけだと時間足りないかも」
そう言って白咲さんは少し考えるように唇に指を当てた。
その仕草すら綺麗で、僕は視線を外すしかできなかった。
(僕なんかが、同じ班で作業してていいんだろうか……)
そんなことを考えていると、
「ねえ、水守くん」
名前を呼ばれて、思わず肩がビクッと動いた。
白咲さんは、少しだけ躊躇うようにしてから続けた。
「……もしよかったら、連絡先、交換しない?」
「えっ」
頭が真っ白になった。
「ほら、文化祭の作業って急に確認したいこととか出るかもしれないし……。
連絡できたほうが便利だと思って」
“文化祭のため”――そう言われれば、確かに必要だ。
でも、それでも僕は混乱していた。
(なんで……僕なんかと?)
もっと話しやすい人はいくらでもいるはずだ。
僕に連絡先なんて、交換する価値なんて——。
「……迷惑だったら、ごめんね?」
白咲さんが少し不安そうに言った。
そんな顔をされると、断れるわけがなかった。
「い、いえ……迷惑とか……そんなの……。
必要なら……交換、したほうが……いいですよね」
声がうまく出なくて、情けない。
「うん。ありがとう」
ぱっと笑う。
胸の奥がじわりと熱くなる。
スマホを取り出す手が震えて、QRコードを読み取るのにも時間がかかった。
交換が完了した瞬間、画面に「白咲灯」の文字が表示される。
たったそれだけなのに、心臓が跳ねた。
(……やばい、落ち着け)
ただの連絡手段。
それ以上でも以下でもないはずなのに。
でも白咲さんは、
自分のスマホの画面を見て、少し嬉しそうに微笑んでいた。
「これで、連絡とれるね。
……よろしくね、水守くん」
その声にはほんの少しの照れがあって、
それがまた僕の胸を締めつけた。
「よ、よろしく……お願いします」
情けない返事しかできない。
けれど、白咲さんはそんな僕を笑わなかった。
帰り道、いつも通り桜川駅に着くころには、
手の中のスマホがやけに重く感じた。
(連絡先……交換したんだ。僕が……白咲さんと)
信じられない。
けど、嬉しい。
そんな気持ちを認めるのが、まだ怖かった。
ただ、画面に浮かぶ彼女の名前を何度も見てしまって、
そのたびに心臓が痛いくらい跳ねるのだけは、ごまかせなかった。




