静かに滲む想い(蒼太視点)
六月も後半に入り、じめついた空気が体にまとわりつくようになってきた。
放課後の廊下は湿気の匂いがして、歩くだけで少し憂鬱になる。
パソコン部の部室の扉を開けると、すでに宮原先輩と田島先輩がいて、
いつものように何か相談していた。
「お、蒼太。来た来た」
田島先輩が僕を見るなり、にやっと笑った。
その笑顔を見ると、なんとなく嫌な予感がする。
「文化祭の映像、今年は去年より凝ったやつ作りたいんだってさ。な?」
「……え?僕に言われても」
「いや~ほら、今年は一年が二人もいるわけだし?期待してるぞ~」
からかわれているのは分かるけど、僕なんかに期待なんて——
そう思っていると、部室の扉が開いた。
「こんにちは。あ、みんなもう来てるんだ」
白咲さん。
少し汗で額の髪が張りついていて、それを指で払う仕草が自然で、
なんとなく見てはいけない気がして、急いで視線を逸らす。
「白咲も、ちょうどいいとこ来たな」
田島先輩が手を叩く。
「今年は動画班、二人に任せたいんだけどさ。どうだ?」
「任せてもらえるなら……がんばります」
白咲さんの声は曇りのない、まっすぐな声だった。
その横顔を見ていると、胸の中がざわつく。
(……なんで、そんな顔ができるんだろう)
僕なんかじゃできない声。
僕なんかじゃ届かない距離。
「水守くんはどう?」
突然振られて、息が詰まった。
「え……いや、僕は……その……」
白咲さんが僕を見る。
まっすぐ。逃げられないくらいに。
「一緒にできたらうれしい、けど……迷惑なら言ってね」
迷惑なんて。
そんなこと、思うわけないのに。
「……迷惑じゃ……ないです。やります」
言った瞬間、自分の声じゃないみたいだった。
白咲さんが小さく笑う。
その表情がすごく柔らかくて、綺麗で——胸が痛くなる。
どうしてこんな気持ちになるのか、ほんとうは分かっている。
でも認めるのが怖い。
部活の帰り。
いつもみたいに、気づけば隣を歩いていた。
ただ歩くだけなのに、意識してしまう。
こんなこと、なかったはずなのに。
「今日、担当決まってよかったね。動画、楽しみかも」
「……僕は別に。得意でもないし」
「でも、水守くんの作るの、きっと丁寧だと思うよ」
そんなこと言わないでほしい。
期待なんてしないでほしい。
胸が苦しくなるから。
「……なんでそう思うんですか」
問い返すと、白咲さんは一拍置いて、ふわっと笑った。
「うん。水守くん、いつも周り見てるから。そういう人って、細かいところに気づけるし……優しいと思う」
優しい。
そんな言葉、自分には似合わない。
でも、否定しようとしても声にならなかった。
(優しいなんて……僕が?)
頭の中で言葉が渦巻く。
でも、ふと横を見ると、白咲さんはまっすぐ前を向いて歩いている。
その横顔を見るだけで、胸の奥があたたかくなるのが分かる。
怖いのに。
逃げたいのに。
なのに、気づけば言葉がこぼれていた。
「……文化祭、頑張りましょう」
白咲さんが、ぱっと花が咲くみたいに笑った。
「うん!」
その笑顔を見た瞬間、
胸の中に、どうしようもない熱が広がった。
(……どうしてだよ)
自分の変化を認めたくないのに。
認めたら、もう戻れない気がするのに。
だけど。
白咲さんの笑顔が嬉しかった。
それだけは、ごまかせなかった。




