並んで歩く帰り道(灯視点)
六月に入って、学校の雰囲気が少しだけ慌ただしくなった。
文化祭まであと二か月。
どの部活も準備に向けて、少しずつ動き出している。
パソコン部も例外じゃなくて、
資料整理や去年の動画の確認で部室はいつも以上に騒がしい。
そんな中、私はというと――
毎日、帰りの時間が近づくたびに、胸がそわそわしていた。
理由はひとつ。
水守くんと帰る時間が、いつの間にか“習慣”になってきているからだ。
この日も、部活が終わるころには窓の外がやわらかい夕方の色になっていた。
部室を出ると、ちょうど水守くんが荷物を肩に掛けたところだった。
「今日もお疲れさま、水守くん」
いつもの挨拶。
だけど私にとっては、少し勇気を出して声をかける“特別”な瞬間でもある。
「……お疲れ」
小さな声だったけれど、丁寧に返してくれた。
そんな些細なことが、嬉しい。
青葉台駅まで並んで歩く。
文化祭の話題は、いま二人の中でいちばん自然なテーマだ。
「今年の展示、どうなるんだろうね」
水守くんは、少しだけ肩をすくめて言った。
「僕は……まだ全然、役に立ててないし」
そう言う表情が、私はたまらなく好きだと思った。
弱さを隠さない誠実さがにじんでいて。
「そんなことないよ。水守くん、資料まとめてくれてるし」
思ったままを口にする。
でも彼はまた、ふっと視線を下げる。
「……でも、去年みたいにすごいのは作れないと思う。
先輩のレベルには全然……」
「ほら、また自分を下げてる」
自覚なく否定する癖。
それを見るたびに、胸がきゅっと痛む。
どうして彼は、自分のことをそんなふうに扱うんだろう。
でも私は、見ている。
同じ部活になってからずっと、水守くんの丁寧さも真面目さも。
「私ね、ちゃんと見てるよ。
作業も丁寧だし、覚えるのも速いと思う」
あれは嘘じゃない。
むしろ、もっと伝えたいくらいだ。
だけど本音のすべてを言えば、距離が戻ってしまいそうで怖い。
青葉台駅のホームに着くと、夕日がガラスに反射して綺麗だった。
電車を待つ間、私は言葉を選びながら切り出した。
「最初さ、青葉台駅で一緒になって……
まさか桜川駅が同じだとは思ってなかったよね」
あの日、水守くんが驚いた顔で降りてきた瞬間、
胸がじんわり温かくなったのを覚えている。
「……うん。
あの時は、ちょっと驚いた」
その声が、少しだけ照れているように聞こえて――嬉しかった。
電車が入ってきて、風がホームを抜けた。
窓に映る自分の顔は、少し赤い。
「今年の文化祭、楽しみだね。
水守くんと、一緒に頑張れるの嬉しいな」
本当は「もっと一緒にいたい」って言いたかった。
本当は「もっと近づきたい」と思っている。
でも、それを言えば距離が変わってしまうかもしれない。
本当に嫌われてしまうかもしれない。
だから笑って、いつものトーンで言葉を落とした。
「……うん。頑張ろう」
彼が答えてくれたその一言が、胸の奥をじんわり満たす。
桜川駅に着くと、駅前の街灯がすでに光を灯していた。
少しひんやりした夜の空気に触れながら、水守くんと並んで歩く。
なんでもない景色なのに、どうしてこんなに特別に感じるんだろう。
「じゃあ、また明日ね、水守くん」
いつも通り笑った。
だけどその笑顔の裏には、毎回消えない想いがある。
――本当は、もっと一緒にいたい。
それでもその願いを言葉にせず、私は手を振った。
夜の空気の中、彼の背中が小さくなっていく。
その背中を見つめながら、胸の奥でそっと思う。
いつか、この気持ちを伝えられる日がくるだろうか。
それはまだ、少しだけ遠い未来のことに思えた。




