エピローグ③「玲の手紙 ― 零から未来へ ―」
夕暮れの海は、金色に染まっていた。
波打ち際で、玲は小さな机に向かっていた。
潮風が紙の端を揺らし、ペンダントの“∞”が陽の光を返す。
あれから幾年の季節が過ぎただろう。
痛みはやがて形を変え、言葉となり、祈りへと溶けていった。
玲はゆっくりとペンを取り、白い紙に指を置く。
そこに綴るのは、誰かのための手紙――
けれど、それは同時に“自分自身”への返事でもあった。
「親愛なる、未来のあなたへ。
この手紙を読んでいるあなたが、
笑っているか、泣いているか、私は知らない。
でも、ひとつだけ伝えたい。
“失うこと”は、恐れるべきことじゃないの。
それは、新しい光のかけらを見つけるための“始まり”だから。
私は、二人の想いを受け取った。
一人は、赦しを教えてくれた。
一人は、愛の痛みを教えてくれた。
そのどちらも、私の中で“生きている”。
人は誰かを想い、誰かに想われる。
その循環の中にこそ、命の意味がある。
そして、それを“零”から紡ぐ勇気が――生きるということなんだと思う。
だから、どうかあなたも、自分の物語を信じて。
終わりだと思っても、きっとそれは始まりだから。
あなたの涙が、誰かの希望になりますように。
玲より」
ペン先が止まる。
玲は深く息を吸い、静かに目を閉じた。
風が吹き抜け、手紙を包む。
その風の中に、懐かしい声が混じっている。
“――見てるよ、玲。”
“――ありがとう。君が、生きてくれて。”
玲は微笑み、封をした。
封筒の表には、ひとことだけ記した。
> 「To the one who will be born from light.」
――光から生まれる、まだ見ぬあなたへ。
彼女は立ち上がり、手紙を瓶に入れて海へと放った。
波がそれを包み、ゆっくりと遠ざけていく。
空の色が、橙から藍へ変わる。
やがて、最初の星が瞬いた。
玲はペンダントを握りしめ、呟いた。
「――これで、本当に終わり。
でも……きっと、またどこかで」
風が頷くように吹き、波が優しく岸を叩く。
その夜、玲の見上げた星空には、二つの光が並んでいた。
まるで悠真と凛が、空の向こうから見守っているかのように。
玲はその光に微笑み返し、静かに目を閉じた。
——零から生まれたすべての物語は、
光へと帰り、そしてまた誰かの始まりへと続いていく。




