エピローグ①「海辺の手紙」
朝の海は、まだ眠っているようだった。
灰色の雲の切れ間から、かすかな光が砂浜に落ちている。
波の音は優しく、遠い記憶のように胸の奥で反響した。
玲は、白いワンピースの裾を押さえながら、浜辺を歩いていた。
潮風が髪を揺らすたびに、心の奥で誰かの声がよみがえる。
“――もう、泣かないで。僕たちはきっと、どこかでまた出会う。”
その声を思い出すたび、玲は胸の奥をそっと押さえる。
痛みではなく、やさしい温度。
喪失の果てに生まれた、小さな再生の灯。
波打ち際で、ひとつの瓶が転がっていた。
陽光を受けて、かすかに青く光っている。
玲はしゃがみこみ、手のひらで砂を払った。
中には、一枚の紙。
潮に濡れても読めるように、丁寧に包まれている。
震える指で瓶を開け、紙を取り出す。
そこには、見覚えのある筆跡。
そして、こう書かれていた。
> 「玲へ。
> 君がこの手紙を読むころ、僕はもうそばにはいないかもしれない。
> でもね、玲。失うことは、終わりじゃない。
> 誰かを想い続けることは、それ自体が“生きる”ということなんだ。
> だから、笑ってほしい。君の涙のあとに、きっと世界は少しだけ優しくなる。
> ――悠真」
玲の頬を、風がなでた。
潮の匂いとともに、涙がこぼれる。
だけど、それはもう、悲しみの涙ではなかった。
彼女は顔を上げ、海を見た。
太陽が雲の向こうから、ゆっくりと顔を出す。
朝の光が、波間で揺れている。
玲は、微笑んだ。
「――ありがとう、悠真。
あなたの言葉は、ちゃんとここにいる」
瓶を再び閉じて、海へと投げる。
瓶は波に乗り、遠ざかっていった。
その向こうに、あの日のふたりの影が見える気がした。
やがて、玲は歩き出す。
彼女の足跡を、海が静かにさらっていく。
朝の風の中で、ひとつの声が確かに響いた。
“――零から始まる、君の未来へ。”
玲は振り返らなかった。
ただ、前を向いて歩き続けた。
その背に、再生の光がやさしく降りそそいでいた。




