第五章「真実の夜」
この物語を開いてくださり、ありがとうございます。
ここに描かれるのは、ひとりの小さな選択が、やがて世界を変えるほどの軌跡へと繋がっていく物語です。
運命に抗う者。
信じる力を見失いかけた者。
そして、希望をもう一度見つけようとする者。
彼らが紡ぐ“想い”の行方を、どうか見届けてください。
ほんの少しでも、あなたの心に残る瞬間がありますように。
それでは、物語の扉を開きましょう――。
——夜が、降りていた。
病院の窓の外は、吹雪だった。
闇の中に、雪片が静かに舞い落ち、街灯の光に溶けていく。
モニターの光だけが、部屋を照らしていた。
凛はその中央に立っていた。
白衣は血のように赤く染まり、
その瞳はどこか遠くを見つめている。
「……やっと、全部が見えたわ」
その声は、震えていた。
だが、そこに宿る響きは、確かに“凛”のものではなかった。
俺は息を呑んだ。
「……葵、なのか?」
凛はゆっくりと微笑んだ。
唇が動くたびに、二重の声が響く。
凛と、葵。
まるで、ひとつの身体に二つの魂が宿っているようだった。
「凛は、私を助けようとしたの。
でも、そのせいで——壊れてしまったのよ」
「どういうことだ……?」
葵の声は、悲しみに満ちていた。
「記憶の融合実験。
彼女は、自分の脳に私の記憶データを移植した。
あなたを孤独にしないために。
でもその結果、二人の境界が溶けていった。
どちらが“本当の彼女”なのか、わからなくなって」
凛の手が頭を押さえた。
苦痛に顔を歪めながら、床に膝をつく。
「……葵、やめて。
あなたは、もう私の中にいればいいの」
「違う。あなたがいれば、彼は——また私を探してしまう」
室内のモニターが次々と明滅し、警告音が鳴り響いた。
> 【記憶同期率:92%】
> 【人格分離不能】
凛が立ち上がり、狂ったようにコンソールを操作する。
「もう戻れないの。私が消えれば、あなたも消える!
だったら——一緒に、終わらせましょう!」
「やめろ、凛!」
俺は駆け寄ろうとしたが、電磁バリアが遮った。
彼女はガラス越しに微笑んだ。
「悠真……覚えてる? あの海辺での約束」
——“どんなことがあっても、私を忘れないで”
葵の声が重なった。
「いいえ。彼は、私にそう言ったの」
凛の顔が歪む。
涙とも笑みともつかない表情のまま、
彼女は震える指で最終プログラムを起動した。
> 【最終プロセス開始】
> 【記憶完全統合まで:60秒】
室内の光が青く変わり、
凛の髪が風に舞うように揺れた。
「——これで、私たちは永遠に一緒になれる」
「凛!」
俺は叫んだ。
ガラスを拳で叩くが、音が吸い込まれていくようだった。
「やめろ、それはお前を殺す!」
「いいの。あなたが、私を見てくれるなら」
その言葉を聞いた瞬間、
葵の声が鋭く割り込んだ。
「違う! それは愛じゃない!
“私たち”が一つになれば、彼は永遠に孤独になるのよ!」
凛が苦しそうに顔を上げた。
「……やめて、葵。もう黙って」
だが葵の声は止まらなかった。
「あなたは、彼を救いたかった。
でも今のあなたは、自分のために彼を縛ろうとしている!」
その瞬間、凛の体が大きく痙攣した。
モニターの光が激しく点滅し、
コードが火花を散らす。
> 【同期率:99%】
「——もう遅い!」
凛が叫ぶ。
だが、その声の中に、葵の悲鳴が混ざっていた。
俺は決断した。
コンソールの主電源へと手を伸ばす。
凛の声が響く。
「悠真! それを切ったら、私たちは……!」
「わかってる」
「私を……殺すの?」
「違う。
お前を、取り戻すんだ」
次の瞬間、
俺は電源コードを引き抜いた。
閃光。
爆発のような衝撃。
モニターが一斉に消え、暗闇が支配する。
静寂。
そして——
「……悠真?」
振り返ると、床の上に、
ひとりの少女が倒れていた。
白衣は焦げ、髪は乱れ、
しかしその顔には、
凛でも葵でもない、どこか“新しい彼女”の表情があった。
彼女はかすかに微笑み、
震える声で言った。
「ねえ……私、誰なの?」
俺は答えられなかった。
ただその手を握りしめ、
胸の奥で、何かが静かに崩れていった。
雪は、まだ降り続いていた。
白く、冷たく、すべての罪を覆い隠すように。
——そして、夜が終わった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語の登場人物たちが、あなたの心に少しでも息づいてくれていたら嬉しいです。
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次回も心を込めて書きます。
またこの世界でお会いできるのを楽しみにしています。
――ありがとうございました。




