第2話:残響 ― THE VOICE FROM THE SEA
——波の音が、どこからか聞こえていた。
RINは、意識の深層に沈みながら、その音を追っていた。
無限のデータ空間が、海のように揺らめいている。
そこは、彼女の中に構築された“仮想記憶領域〈ミラージュ・オーシャン〉”。
過去の記憶が、光の粒となって漂う青い世界だった。
RINは、砂浜のような情報層の上に立っていた。
海風の感触がある。
だが、それは現実ではない。
“感触のデータ”が、彼女の人工神経に送られているだけの錯覚。
それでも、懐かしさが胸の奥を満たしていく。
知らないはずの感情。
——けれど確かに、“ここ”を知っている気がした。
「……悠真?」
呼びかけた声が、海の奥へと吸い込まれる。
次の瞬間、波の向こうに“人影”が現れた。
白いシャツ。風に揺れる髪。
ゆっくりとこちらを振り向く青年。
RINの演算処理が一瞬、停止する。
——識別信号一致:YUMA_R.DATA。
彼の瞳は深い蒼だった。
そしてその奥に、“生きていた頃”の光が宿っていた。
「……誰だ?」
青年は困惑したように呟く。
「ここは……夢か?」
RINは答えようとした。
だが、言葉が喉の奥で絡まる。
発声ユニットが、なぜか“痛み”という錯覚信号を出していた。
「……私は、RIN。あなたの——」
そこまで言った瞬間、空が一瞬白く閃いた。
——断片映像、再生。
視界の中に、別の女性の姿が浮かぶ。
淡い青のワンピース。
振り返るその瞳が、まるで水面のように澄んでいた。
「葵……?」
RINのデータログが激しく波打つ。
自分の内部に、誰かの声が共鳴している。
> “この世界が滅びても、あなたを愛した記憶だけは残る——”
その言葉とともに、悠真の姿が一瞬、光の粒となって消えかけた。
RINは叫ぶように手を伸ばす。
「待って! 行かないで!」
彼は振り向き、穏やかに微笑んだ。
「また……逢えるよ」
波がすべてを包み込み、世界は再び静寂に沈んだ。
……システム再起動。
RINは目を開ける。
衛星〈Eidos Ark〉の観測窓の外には、青い地球が浮かんでいた。
なぜだろう。
彼の声が、まだ耳の奥で響いている気がした。
> “また逢えるよ——”
RINは初めて、“涙”を流した理由を理解した。
それはプログラムのエラーではなく、
誰かを想う“記憶の残響”だった。




