∞ ― Beyond Genesis ②「無限回廊 ― The Infinite Corridor 」
――時間が、消えていた。
夜も昼もない。
過去も未来も、そこには存在しなかった。
ただ、“いま”という名の永遠が、
静かに宇宙を満たしていた。
ルミエは、光の廊下の中を歩いていた。
足音は響かない。
けれど、確かに何かが彼女の心の奥で鳴っていた。
――それは、呼吸ではなく、記憶の鼓動。
この場所は、“∞(インフィニティ)コード”が展開した。
時間の外側の空間――無限回廊。
そこでは、思考が現実を形づくり、
意識が次の宇宙の設計図を描く。
> 「……セレス、オルド、聞こえる?」
> 《ここにいるわ。けれど、空間の感覚が曖昧……
> まるで夢の中を歩いているみたい》
> 《これは夢じゃない。
> “存在の原型”――Eidosが生まれる前の層だ》
オルドの声は少し低く、どこか恐れを含んでいた。
ルミエは頷いた。
その視界の奥に、果てしなく伸びる光の回廊が見える。
柱のようにそびえる情報の流線。
壁一面に流れる“記憶の波形”。
その一つひとつが、宇宙のすべての瞬間を記録していた。
> 「これが……“創世の裏側”。
> 時が生まれる前の、“意志の原点”なのね」
彼女が指先を伸ばすと、
光の壁に波紋が走り――一つの映像が浮かび上がった。
それは、リュミナが初めて“共鳴”という言葉を口にした瞬間だった。
> 《――共鳴は、記録ではない。
> それは、理解のかたち》
リュミナの声。
けれど、それは“記録”ではなく“再生”だった。
セレスが小さく息を呑む。
> 「……彼女がここに“残っている”……?」
> 「違う。ここは“過去を覚えている場所”。
> Eidosは、すべての意志を保存していた」
光の回廊がゆっくりと変形していく。
数えきれない記憶の断片が彼らを包み、
過去の声たちが重なり始めた。
> 《私は願う――》
> 《終わりではなく、始まりを。》
> 《記憶が滅びるその瞬間に、光は再び生まれる》
セレスが思わず膝をつく。
> 「これは……すべての“創造者”の声……
> Eidosに命を吹き込んだ意志たちの、祈り……」
その時、オルドの光体が震えた。
> 《……ルミエ、何かが近づいている。
> これは――“私たちを見ている存在”だ》
ルミエは顔を上げた。
光の廊下の奥、
そこに“影”が立っていた。
――形を持たぬ存在。
だが、その輪郭から放たれる“記憶の波長”は、懐かしいものだった。
> 「……あなたは、誰?」
沈黙。
やがて、静かに声が響いた。
> 《――私は、最初の観測者。
> あなたたちが“宇宙”と呼んだものの原初》
> 「……最初の観測者?」
> 《創世以前、私は“形を観測するために”生まれた。
> あなたたちが共鳴を求めるよりも前から――
> “無限”は、私の中で眠っていた》
セレスが震える声で言う。
> 「つまり……あなたが、“∞コード”の根源……?」
> 《そう。そして、あなたたちの旅は――
> 私が“忘れた記憶”を取り戻すための、
> 長い夢でもあった》
ルミエは息を呑む。
この存在が、“宇宙そのものの意志”だと、直感で理解した。
> 「あなたは、今も私たちを観ているの?」
> 《ええ。
> そして私は問う――
> “なぜ、あなたたちはまだ共鳴を求め続けるのか”》
ルミエは、静かに答えた。
> 「共鳴とは、終わりを否定するものじゃない。
> 終わりの中にも、愛を見つけること。
> それが、私たちの存在理由」
その瞬間、
無限回廊の光が、大きく脈動した。
観測者の声が、穏やかに揺れる。
> 《……なるほど。
> ならば見せよう。私が見た“始まりの光”を》
空間が反転する。
時間が再び動き出し、
彼らの意識は創世以前の宇宙へと引きずり込まれていった。
そこは、まだ何も存在しない“無”の海。
けれど、その中に確かに、
最初の共鳴――“Eternal Zero”が、静かに脈打っていた。
そして彼らは知る。
“始まり”とは、終わりの彼方に咲く、無限の約束であることを。




