4話 龍の契約と天空の奔走
――冷たい。
星水の川に飛び込んだユナは、まるで夜空の底に落ちていくような感覚に包まれていた。
光と記憶の粒が周囲をふわふわと漂い、足元も頭上も区別がつかない。
息はできるはずなのに、肺に吸い込まれるのは空気ではなく、きらめく星の粒。
身体は軽く、浮いているのか沈んでいるのかもわからない――まるで夢の中だ。
(……わたし……は……)
幼い日の記憶が、星の粒となって目の前を流れていく。
母の声、夜空を見上げた日、初めて星を指差した時の笑顔。
そのひとつひとつが、触れようとすると、指先からこぼれ落ちていった。
《……あなたは、何を失い、何を残しますか……?》
あの声が、再び胸の奥で響いた。
(……私は……生きる。まだ、失いたくない)
ユナが強く願った瞬間、星水が渦を巻き、激流となって彼女を包み込んだ。
流れは一気に速度を増し、光のトンネルを滑るように進んでいく。
――バシャァンッ!!
水面を突き破るようにして、ユナの身体が川の出口から放り出された。
夜空の下、川は丘を抜けて森の外側へと流れており、その先は崖になっていた。
星光が滝のように空へと逆流している。
「っ……はぁ、はぁ……!」
ユナは川岸にしがみつき、なんとか体勢を整えた。
目の前には、森を抜けた広大な空が広がっている。
遠くに見えるのは、黒い雲と雷に包まれた、ひときわ大きな影――。
翼を広げた、竜だった。
星喰竜。
星を食らい、夜を統べる存在。
その巨体は都市の塔よりも大きく、夜空に浮かぶたった一つの“黒い星”のようだった。
鱗は星雲のように半透明に輝き、翼をひとたび広げると風が地上を撫でる。
瞳は金色に輝き、空を支配する王の威厳をたたえていた。
その咆哮が夜空を震わせ、森も川も、空気そのものが竜の息吹に震えている。
「……本当に……いたんだ……」
ユナは息を呑んだ。
その声は風に消え、竜の瞳が彼女の方へとゆっくり向けられる。
巨大な瞳と目が合った瞬間、背筋に雷が走るような感覚が全身を貫いた。
「ユナ!!」
背後から叫び声が響いた。
振り返ると、森の奥からカイが現れた。肩で息をし、泥にまみれながらもライフルを手にしている。
「……無事だったのか」
「カイ……!」
ほんの一瞬、二人の間に言葉にならない“安堵”が走った。
すぐにカイは竜を見上げ、顔を引き締める。
「あれが……星喰竜。……ヤバい、近づきすぎるな!」
「でも……こっちを、見てる……!」
竜の瞳が、まっすぐにユナを見つめていた。
まるで「選ばれた」かのように。
竜が低く唸ると、大地が震え、川の水が空へと逆流し始めた。
《……星階を超えたいか……?》
突然、ユナの頭の中に声が響いた。
カイは気づいていない。ユナだけに聞こえる、竜の声だった。
《ならば――我を撃て》
「……え……?」
竜の額に、光の紋章が浮かび上がる。
そこに「撃て」とでも言うように、竜は頭を下げた。
ユナの腰には、まだ撃っていない“二丁目の断星銃”がある。封印符が、かすかに蒼白い光を放っていた。
「おいユナ! なにしてる! 逃げるぞ!」
「……カイ。たぶん……この竜、私に……」
言い終わる前に、竜が咆哮を上げた。
夜空が一瞬だけ昼のように輝き、風が渦を巻く。
ユナは銃を構えた。震える手。でも、心は不思議と澄んでいた。
(撃たなきゃ……ここで逃げたら、一生、星階のままだ)
呼吸を止め、狙いを定める。
竜の金色の瞳が彼女の視線とぶつかる。
引き金に指をかけた瞬間――胸の奥で、星が鳴った。
パァンッ!!
弾丸は光の軌跡を残し、竜の紋章に吸い込まれた。
次の瞬間、世界が光に包まれる。
轟音とともに、竜の身体から星光が吹き上がった。
巨大な翼が夜空を切り裂き、鱗が一枚一枚、光の羽のように舞い上がっていく。
竜の額に刻まれた紋章と、ユナの手の甲の☆1の印が共鳴し、眩い閃光を放った。
《契約成立――汝に、星喰竜の翼を与えん》
竜の声が頭の中に響き、ユナの身体がふわりと宙に浮いた。
彼女の背後に、半透明の星雲の翼が生え、空気が爆ぜる。
「ユナ……お前、まさか……!」
カイが目を見開いた瞬間、竜が地を蹴り、夜空へと飛翔した。
ユナは竜の背に引き上げられ、星空の彼方へと舞い上がる。
カイも咄嗟に竜の翼にしがみつき、二人は夜空を駆け始めた。
眼下に広がるのは、崩壊した都市、森、庭園――そして遠くに輝く星冠城。
風が顔を打ち、星の粒が髪に絡みつく。
まるで夜空そのものを飛んでいるようだった。
「カイ! 大丈夫!?」
「うるさい! 手ぇ離したら落ちる!!」
「ちゃんと掴まって!」
「わかってる!」
竜の背中で、二人は思わず顔を見合わせた。
夜風の中、カイの目が少しだけ笑っているように見える。
(……この人と一緒なら、空も怖くない)
ユナは胸の奥が熱くなるのを感じた。
空は冷たいはずなのに、不思議とあたたかかった。
しかし――その天空には、すでに☆4の集団がいた。
白銀の翼を持つ獣たちに乗り、光の砲を構えた上位星階の者たちが、星冠城の方角を飛んでいる。
「……っ、あれは……!」
「☆4の連中だ……! しかも――迎撃体勢!」
☆4の先頭にいる一人の女が、ユナたちを発見した。
彼女は冷たい笑みを浮かべ、光の槍を構える。
「☆1が竜を……? 面白い……! 叩き落としてやる!」
夜空に、光の弾丸と星雲の翼が交錯する。
ユナとカイ、そして星喰竜の天空の奔走が始まった――!
用語解説
星喰竜
星喰みの森に棲む伝説の竜。契約に成功すれば空を渡る力を得るが、ほとんどの者は近づく前に喰われる。
契約
断星銃を用いて竜の紋章を撃ち抜くことで成立する。星階に関係なく、竜が認めた者だけが契約できる。
星雲の翼
竜との契約者に授けられる半透明の翼。飛翔と竜との同調を可能にする。
天空戦
星冠城周辺の空域で繰り広げられる空中戦。上位星階が竜や召喚獣で覇権を争う。
迎撃体勢
☆4が城の周囲で取る戦闘布陣。下位階級を近づけさせないための“空の関門”。




