3話 川庭園と幻影の月
森を抜けた先に、それは突然、夜空の中に広がっていた。
暗闇がふっとほどけるように木々が途切れ、目の前には――まるで星々が地上に落ちてそのまま庭になったような、幻想的な空間が現れた。
丘陵地に広がる透明な床。
まるでクリスタルを敷き詰めたような地面の下には、水ではなく「星光」が流れている。
それは天の川のようにきらめきながらゆったりと流れ、透明な川となって庭を蛇行していた。
川辺には丸い白い石でできた小さな休憩所のようなドームが点在し、そこからは夜空と星冠城がよく見える。
空には巨大な幻影の月が浮かび、ほんのりと金色の光を庭全体に注いでいる。
「……なにここ……」
ユナは息を呑んだ。
これまでの廃墟や森とは違う、まるで別世界。
恐怖も緊張も、一瞬だけ忘れるほどの美しさだった。
「《川庭園》……」
カイが低く呟く。
「星階が高い連中が、途中で休んだり、契約の儀式をしたりする“特権の庭”だ。☆1や☆2がここに入るなんて、本来はあり得ない」
「つまり……あんまり長居したら、見つかるってこと?」
「ああ。見つかったら――狩られる」
ユナの背筋に冷たいものが走った。
美しい庭の中に、じっと潜んでいる“何か”の気配。
表面は静かだが、水面の下には大きな影が潜んでいるような……そんな空気だった。
ユナとカイは、川辺の石造りのドームのひとつに身を隠した。
夜空が見える開放的な空間の中、二人は壁際に座り込む。
「……少し、休んでもいい?」
「いいけど、気を抜くなよ」
ユナは壁に背中を預け、夜空を見上げた。
逆さまの星冠城が、相変わらず空の上で不気味に光っている。
でもこの庭の中は、ほんの少しだけ“現実感”が薄れて、夢の中みたいだった。
「ねぇ、カイ」
「なんだ」
「……あんた、さっき“誰も助けない”って言ってたけど」
「言ったな」
「それでも……あの森で、私に銃向けたあと、ちゃんと……見逃したじゃん」
「……」
「ほんとはちょっと優しいでしょ?」
ふいにカイが顔をそむけた。
「……優しくなんかない。ただ、無駄に撃って音を立てたくなかっただけだ」
「ふーん……」
ユナは口元に小さな笑みを浮かべた。
こんな状況なのに、なぜか少しだけ心が軽くなる。
カイの言葉はぶっきらぼうだけど、目はちゃんと周囲を見ていて、気配を探っている。頼もしさと、ほんの少しの安心感があった。
(……この人、なんか不思議。冷たいのに、冷たくない)
そのとき――庭園の奥、川の向こう側から複数の声が響いた。
「おい……誰か来た」
ユナとカイは身を低くしてドームの隙間から外を覗く。
川辺に現れたのは、白銀の装飾を施した鎧を纏った☆4のハンターたちだった。
男女数名。皆、光を纏った獣を連れ、余裕の笑みを浮かべている。
「へぇ、☆2と☆3ばかりかと思ったけど……☆1と☆2がこんな所まで来るなんてね」
先頭の男が川辺を見回しながら言う。
彼の肩には光の翼を持つ鳥のような召喚獣が乗っていた。
羽ばたくたびに、庭全体に冷たい風が広がる。
「このあたりに隠れてるはずだ。……狩りを始めよう」
――狩り。
その言葉を聞いて、ユナの喉がひゅっと鳴った。
☆4にとって、下位星階を“狩る”のはゲームのようなもの。
この庭は彼らの“遊び場”でもあるのだ。
「動くな」
カイがユナの肩を軽く押さえた。
ユナの鼓動が一気に速くなる。
庭園に漂っていた幻想的な空気は、たった数秒で緊張の糸に変わった。
☆4のハンターたちが、星灯の光を放ち、庭の隅々を探し始める。
石のドームにも、いずれ近づいてくるのは時間の問題だ。
「……どうするの」
「見つかったら終わりだ。星灯の光に触れたら、☆1の識別紋が反応する。……逃げるぞ」
「え、でもこんな明るい場所――」
「あるだろ、ひとつだけ」
カイの目線が、川の方へと向いた。
星光の川。底の見えない輝きが、静かに揺れている。
「まさか……あの川に飛び込むの!?」
「“星水”だ。危険だが、見つかるよりはマシだ」
「危険って……どんな?」
「……記憶を削られる。星水は“心”を代償に生かす川だ。下手をすれば、名前も顔も、自分が誰かもわからなくなる」
ユナは一瞬、息を呑んだ。
けれど――川の外からは、確実にハンターたちが近づいている。
光がドームの壁を舐めるように移動し、床を淡く照らした。
もう、選択肢はなかった。
「……怖い?」
カイが囁いた。
ユナは小さく笑い、震える指で拳銃を握りしめた。
「怖いよ。でも――生きる」
「……そうか」
その一瞬、二人の視線が交わった。
川面の星光が二人の瞳に映り込み、まるでお互いの中に小さな星が生まれたみたいだった。
ユナの胸の鼓動が、いつもと違う音を立てる。
カイは立ち上がり、短く息を吸い込んだ。
「行くぞ――ユナ!」
「うんっ!」
二人はドームを飛び出し、光の川へと駆け出した。
背後で☆4のハンターたちの叫び声が上がる。光弾が飛び、床を砕き、夜空に火花が散る。
川の縁に到達した瞬間、ユナは振り返ってカイと目を合わせた。
彼の目が、まっすぐに「生きろ」と語っているように見えた。
「――っ!」
ユナは星光の川に身を投げた。
冷たい、けれど優しいような不思議な感触が全身を包み込む。
水の中は音が消え、時間さえ止まったかのようだった。
その瞬間、頭の中に声が響く。
《……あなたは、何を残し、何を失いますか……?》
視界が白く染まり、記憶の断片が星の粒のようにふわふわと浮かび上がる。
幼い頃の風景、誰かの笑顔、星を見上げた夜――それらが指先から零れ落ちていく。
(……私……私は……)
そのとき、ユナの胸の奥で、かすかに脈打つ感覚があった。
あの銃を撃ったときと同じ、蒼白い光――☆
(私は……生きる……!)
強くそう願った瞬間、星水がユナの身体を押し上げるように動き、流れに乗せて彼女を川の奥へと運び始めた。
夜空の下、川庭園では、☆4のハンターたちが川辺に立ち尽くしていた。
「……星水に飛び込んだか。運が良ければ……生き延びるかもね」
「ふふ、いいじゃない。こういう“逃げ方”、嫌いじゃないわ」
彼らは興味を失ったように踵を返し、再び庭園の奥へと消えていった。
川面に浮かぶ星光が、流れるように丘の向こうへ―
そこには、新たな空と竜の気配が待っている。
ここまででてきた用語集
星階
人々が生まれながらに刻まれる☆1〜☆4の階級。力・地位・武器の種類などすべてが星階で決まる。
星試練
年に一度、選ばれた人々が天空の《星冠城》を目指す試練。時間内に到達できなければ命を落とす。
星冠城
空に逆さまに浮かぶ巨大な城。星試練のゴール地点。
断星銃
☆1に支給される一発限定の古びた拳銃。引き金を引くとき、使い手の“内なる星”と共鳴する。
星灯
☆2以上が使える、星の光を宿した灯り。森などの暗闇で道を照らす。
星喰竜
星喰みの森に棲む竜。契約できれば天空を飛ぶ力を得るが、普通は喰われる。
川庭園
森の先にある幻想的な星光の庭。☆4の特権エリアで、ハンターたちの“遊び場”でもある。
星水
川庭園を流れる光の川。飛び込むと記憶を削られる代わりに生存率が上がる禁断の水。




