2話 星を巣喰う森
廃墟の通りを抜けた先、都市の外縁にぽっかりと口を開けるように、深い森が広がっていた。
それは「森」というよりも――夜空そのものが地面に落ちて、樹々の形をとったかのような、不思議な光景だった。
幹は黒曜石のように艶めき、枝には星のかけらのような小さな光がいくつも瞬いている。
風が吹くたび、枝葉がざわめき、微かな鈴の音のような音が夜に響いた。
「……ここが、《星喰みの森》……」
ユナは思わず立ち止まった。
森の中はまるで別世界。空気は湿っていて、都市の冷たい鉄臭とは違う、土と星光の混ざった匂いがした。
だが同時に――胸の奥がずしんと重くなるような、得体の知れない“気配”が森全体を包んでいる。
まるで、森そのものがこちらを見ているかのような……そんな感覚だった。
森の入口には、既に多くの人々が集まっていた。
☆2の兵士たちは肩を並べ、ライフルの銃口に星灯を宿している。
☆3は魔法陣を展開し、警戒しながら進入のタイミングを見計らっていた。
一方で☆1の人々は、森の黒い闇の前で立ち尽くし、進むことも戻ることもできずにいた。
「聞いたことある……☆1は星灯が使えないんだって」
「暗すぎて、何も見えない……こんなの、無理だ……!」
そう。星喰みの森の中は、魔法の灯りがなければ、まったくの“闇”になる。
☆1の支給品には灯りも魔法もない。目と耳と勘だけが頼りだ。
ユナは小さく息を吐き、懐から拾った2丁の拳銃を確かめた。
弾は合わせて2発。銃身は冷たく重い。
胸の鼓動が、闇の中に吸い込まれていくようだった。
(……怖い。でも、ここで止まったら終わりだ)
ユナが一歩踏み出したそのとき――
「おい、どけ!」
鋭い声とともに、☆2の部隊が列を割って進み出てきた。
リーダー格の男が腕を上げると、部下たちが一斉に星灯を点し、森の中へと突入していく。
眩い光が闇を切り裂き、黒い樹々が一瞬だけ浮かび上がる。
その光景を見て、周囲の☆1たちがざわめいた。
「あれ……あの人たちについていけば……」
「でも、ついていっても守ってくれるわけじゃないし……」
ユナは唇を噛む。
☆2の部隊の足取りは早く、追いつこうにも置き去りにされるのが目に見えている。
だが――行くしかない。
ユナは深呼吸をひとつして、闇の中へと足を踏み入れた。
森の中は、想像以上だった。
星灯が届かない場所は完全な暗闇。
手を伸ばしても、自分の指先すら見えない。足元の土は柔らかく、踏み込むたびにぬるりとした感触が靴底を濡らした。
木々の間から聞こえてくる音――
枝が軋む音、何かが這う音、低い唸り声。
どれもが微妙に“人間の声”に似ていて、不気味さを倍増させる。
(落ち着いて……音をよく聞いて……)
闇の中、ユナは両手で拳銃を構えたまま、慎重に歩を進めた。
息を潜め、耳を澄ますと、どこからか「シャリ……シャリ……」と砂を引きずるような音が近づいてくる。
――何か、いる。
ユナはとっさに身を低くして木の根元に隠れた。
数秒後、闇の中から、二つの赤い光がスッ……と現れた。
影人だ。都市にいたものよりも、体が一回り大きい。闇に溶け込みながら、ゆっくりと徘徊している。
(……撃てない。まだ距離があるし……一発、外したら終わり)
息を止めてやり過ごそうとした、その瞬間――
「おい、動くな」
背後から低い声がした。
振り返ると、短髪の青年が銃口をユナに向けていた。
☆2の星灯を腰に下げ、冷たい目をしている。
「……☆1か」
「っ……あなたは……」
「俺の名前はカイ。邪魔だ。ここはお前みたいなやつが来る場所じゃない」
彼は星灯を手に取り、周囲を素早く照らしながら影人の動きを観察していた。
立ち姿は無駄がなく、ライフルを構える手つきも洗練されている。
「……そんなこと言われても……引き返したら、死ぬだけでしょ」
「それは“☆1として”の運命だろ」
冷たく言い放つと、カイはスコープを覗き、影人の眉間を撃ち抜いた。
光弾が走り、影人が霧散する。
一連の動作は滑らかで、まるで呼吸の一部のようだった。
(……すごい……)
ユナが呆然と見ていると、カイがちらりと視線を向けた。
「足引っ張るなよ。ついてくるなら、勝手に死ぬな」
「……言い方、きついんじゃない?」
「事実だ。☆1は、足手まといで死ぬ確率が9割以上。俺は誰も助けない」
カイはそう言って先に進み出す。
でも、不思議なことに――その歩幅はほんの少しだけ、ユナに合わせたものになっていた。
森の奥へ進むにつれて、奇妙な“音”が聞こえ始めた。
遠くから――いや、森全体から――
ゴォォォォォ……と低く唸るような響き。
風ではない。獣の咆哮でもない。
空そのものが鳴っているような、胸の奥まで震わせる重低音だった。
「……なに、あれ」
「聞こえるか」
「うん……まるで……空が鳴ってるみたい……」
カイの表情が初めて、ほんの少しだけ険しくなった。
「“あれ”が、この森の主――《星喰竜》だ」
ユナの心臓がドクンと跳ねた。
その名を聞くだけで、森の空気が一層重くなる。
「……竜……?」
「この森は、あいつの縄張りだ。上位階級は“契約”して空を渡る。下位は――ただ、喰われるだけだ」
ユナは無意識に夜空を見上げた。
木々の隙間から見える、逆さまの星冠城。そのすぐ下、黒い雲の中で、なにか巨大な“影”がうごめいているのが見えた。
翼のようなものが、星の光を遮っている。
(……あれが、竜……!)
背筋に冷たいものが走る。
その瞬間、森全体がビリビリと震えた。
星々が一斉にざわめき、幹の光がふっと消える。
「まずい――“星竜の目覚め”だ!走れ!!」
カイの怒鳴り声と同時に、地面が崩れ始めた。
巨大な木の根が持ち上がり、まるで生き物のように絡み合って道を塞いでいく。
「こっちだ!!」
「わ、待ってっ!!」
ユナは必死にカイの背中を追いかけた。
闇の中で、星灯の光が一本の細い道を照らしている。
その先で、竜の低い唸りが、森全体を震わせていた――。




