表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

2話 星を巣喰う森

 廃墟の通りを抜けた先、都市の外縁にぽっかりと口を開けるように、深い森が広がっていた。

 それは「森」というよりも――夜空そのものが地面に落ちて、樹々の形をとったかのような、不思議な光景だった。


 幹は黒曜石のように艶めき、枝には星のかけらのような小さな光がいくつも瞬いている。

 風が吹くたび、枝葉がざわめき、微かな鈴の音のような音が夜に響いた。


「……ここが、《星喰みの森》……」


 ユナは思わず立ち止まった。

 森の中はまるで別世界。空気は湿っていて、都市の冷たい鉄臭とは違う、土と星光の混ざった匂いがした。


 だが同時に――胸の奥がずしんと重くなるような、得体の知れない“気配”が森全体を包んでいる。

 まるで、森そのものがこちらを見ているかのような……そんな感覚だった。



 森の入口には、既に多くの人々が集まっていた。

 ☆2の兵士たちは肩を並べ、ライフルの銃口に星灯せいとうを宿している。

 ☆3は魔法陣を展開し、警戒しながら進入のタイミングを見計らっていた。

 一方で☆1の人々は、森の黒い闇の前で立ち尽くし、進むことも戻ることもできずにいた。


「聞いたことある……☆1は星灯が使えないんだって」

「暗すぎて、何も見えない……こんなの、無理だ……!」


 そう。星喰みの森の中は、魔法の灯りがなければ、まったくの“闇”になる。

 ☆1の支給品には灯りも魔法もない。目と耳と勘だけが頼りだ。


 ユナは小さく息を吐き、懐から拾った2丁の拳銃を確かめた。

 弾は合わせて2発。銃身は冷たく重い。

 胸の鼓動が、闇の中に吸い込まれていくようだった。


(……怖い。でも、ここで止まったら終わりだ)


 ユナが一歩踏み出したそのとき――


「おい、どけ!」


 鋭い声とともに、☆2の部隊が列を割って進み出てきた。

 リーダー格の男が腕を上げると、部下たちが一斉に星灯を点し、森の中へと突入していく。

 眩い光が闇を切り裂き、黒い樹々が一瞬だけ浮かび上がる。


 その光景を見て、周囲の☆1たちがざわめいた。


「あれ……あの人たちについていけば……」

「でも、ついていっても守ってくれるわけじゃないし……」


 ユナは唇を噛む。

 ☆2の部隊の足取りは早く、追いつこうにも置き去りにされるのが目に見えている。

 だが――行くしかない。


 ユナは深呼吸をひとつして、闇の中へと足を踏み入れた。



 森の中は、想像以上だった。

 星灯が届かない場所は完全な暗闇。

 手を伸ばしても、自分の指先すら見えない。足元の土は柔らかく、踏み込むたびにぬるりとした感触が靴底を濡らした。


 木々の間から聞こえてくる音――

 枝が軋む音、何かが這う音、低い唸り声。

 どれもが微妙に“人間の声”に似ていて、不気味さを倍増させる。


(落ち着いて……音をよく聞いて……)


 闇の中、ユナは両手で拳銃を構えたまま、慎重に歩を進めた。

 息を潜め、耳を澄ますと、どこからか「シャリ……シャリ……」と砂を引きずるような音が近づいてくる。


 ――何か、いる。


 ユナはとっさに身を低くして木の根元に隠れた。

 数秒後、闇の中から、二つの赤い光がスッ……と現れた。

 影人シャドウだ。都市にいたものよりも、体が一回り大きい。闇に溶け込みながら、ゆっくりと徘徊している。


(……撃てない。まだ距離があるし……一発、外したら終わり)


 息を止めてやり過ごそうとした、その瞬間――


「おい、動くな」


 背後から低い声がした。

 振り返ると、短髪の青年が銃口をユナに向けていた。

 ☆2の星灯を腰に下げ、冷たい目をしている。


「……☆1か」

「っ……あなたは……」

「俺の名前はカイ。邪魔だ。ここはお前みたいなやつが来る場所じゃない」


 彼は星灯を手に取り、周囲を素早く照らしながら影人の動きを観察していた。

 立ち姿は無駄がなく、ライフルを構える手つきも洗練されている。


「……そんなこと言われても……引き返したら、死ぬだけでしょ」

「それは“☆1として”の運命だろ」


 冷たく言い放つと、カイはスコープを覗き、影人の眉間を撃ち抜いた。

 光弾が走り、影人が霧散する。

 一連の動作は滑らかで、まるで呼吸の一部のようだった。


(……すごい……)


 ユナが呆然と見ていると、カイがちらりと視線を向けた。


「足引っ張るなよ。ついてくるなら、勝手に死ぬな」

「……言い方、きついんじゃない?」

「事実だ。☆1は、足手まといで死ぬ確率が9割以上。俺は誰も助けない」


 カイはそう言って先に進み出す。

 でも、不思議なことに――その歩幅はほんの少しだけ、ユナに合わせたものになっていた。


 森の奥へ進むにつれて、奇妙な“音”が聞こえ始めた。

 遠くから――いや、森全体から――


 ゴォォォォォ……と低く唸るような響き。

 風ではない。獣の咆哮でもない。

 空そのものが鳴っているような、胸の奥まで震わせる重低音だった。


「……なに、あれ」

「聞こえるか」

「うん……まるで……空が鳴ってるみたい……」


 カイの表情が初めて、ほんの少しだけ険しくなった。


「“あれ”が、この森の主――《星喰竜スターヴ・ドラゴン》だ」


 ユナの心臓がドクンと跳ねた。

 その名を聞くだけで、森の空気が一層重くなる。


「……竜……?」

「この森は、あいつの縄張りだ。上位階級は“契約”して空を渡る。下位は――ただ、喰われるだけだ」


 ユナは無意識に夜空を見上げた。

 木々の隙間から見える、逆さまの星冠城。そのすぐ下、黒い雲の中で、なにか巨大な“影”がうごめいているのが見えた。

 翼のようなものが、星の光を遮っている。


(……あれが、竜……!)


 背筋に冷たいものが走る。

 その瞬間、森全体がビリビリと震えた。

 星々が一斉にざわめき、幹の光がふっと消える。


「まずい――“星竜の目覚め”だ!走れ!!」


 カイの怒鳴り声と同時に、地面が崩れ始めた。

 巨大な木の根が持ち上がり、まるで生き物のように絡み合って道を塞いでいく。


「こっちだ!!」

「わ、待ってっ!!」


 ユナは必死にカイの背中を追いかけた。

 闇の中で、星灯の光が一本の細い道を照らしている。

 その先で、竜の低い唸りが、森全体を震わせていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ