1話 崩落都市と断星銃
ここからが本編です
門をくぐった瞬間、ユナの肺を切り裂くような冷気が襲った。
ひやりとした空気と一緒に、埃と鉄の匂いが鼻の奥に張りつく。
「……ここが、《墜星都市ルーメン》……」
夜空は群青色に染まり、上空には逆さまに浮かぶ巨大な城――星冠城が、まるで夜空の王冠のように輝いている。
街はすべて瓦礫と化し、崩れたビルの骨組みが不気味な影を作っていた。ところどころで青白い星灯がゆらめき、かすかな霧が路地を這っている。
門を出た人々は4つの星階の列のまま、それぞれに街へと足を踏み入れていく。
☆4の列は余裕そのもの。
召喚した光の獣に乗って空中を移動したり、強力な武器を構えて自信満々に進んでいく。笑い声まで聞こえてきた。
一方、☆1の列は……重い沈黙と、足音だけ。
「はぁっ……はぁっ……!」
「ひとりでは……無理だ……!」
老人や幼い子供たちが、瓦礫に躓きながら進んでいく。
その中でユナは、列のいちばん後ろを歩いていた。
黒鉄の拳銃を握る手は冷たく、汗でじっとりと湿っている。
銃のグリップにはひび割れ、封印符には「弾数:1」の文字。引き金を引いた瞬間、その一発で運命が決まる。
(……この一発を、無駄にはできない)
心の中でそう呟いたときだった。前方から、奇妙な“足音”が聞こえた。
――ザッ……ザッ……ザザッ……
それは人のものとは少し違う、乾いた、ずるりとした音。
霧の奥から、黒い影がゆっくりと歩み出てきた。
「……っ、で、でた……!」
「影人だ……逃げろ!!」
悲鳴が上がると同時に、列の先頭が一斉に崩れた。
黒い影は人間の形をしているが、顔はぼやけていて目だけが赤く光っている。動きは鈍いが数が多い。瓦礫の間から次々と這い出してくる。
「うそ……こんなに……!」
前列の☆1たちは持っていた拳銃を震える手で撃ち始めた。
パン、パン、と不揃いな銃声が響くが、どれも狙いが定まらず、影にかすりもしない。
逆に影人たちが距離を詰め、悲鳴が重なった。
ユナは息を呑んだ。目の前で、人々が次々と地面に倒れていく。
足元に、倒れた青年の銃が転がってきた。握られていた手は、すでに冷たくなっている。
(怖い……でも、立ち止まったら、次は――)
ユナは両手で拳銃を構えた。
引き金に指をかける。カチ……。
弾は出ない。もう一度。カチッ。
何度引いても、乾いた音だけが響く。
「……どうして……!」
目の前に影がひとり、じりじりと近づいてくる。
赤い目がユナを捕らえた瞬間、全身が氷のように固まった。
――ドクン。
胸の奥で、なにかが鳴った。
手にした銃が微かに震え、封印符が青白く光る。
パァンッ!!
一発の光弾が、夜を切り裂いた。
放たれた弾丸は、影人の頭部を正確に撃ち抜き、黒い霧となって消える。
「……当たった……」
自分の放った弾に、ユナは一瞬呆然とした。
その足元には、さっきの青年と同じ型の拳銃が転がっている。封印符が貼られており、まだ弾は残っているようだった。
ユナは素早く拾い上げる。
二丁になった拳銃の重さが、ほんの少しだけ心強く感じられた。
そのとき、背後から怒号と銃声が重なった。
「退けッ! ☆2の部隊が通る!」
重厚な足音とともに、☆2の兵士たちがライフルを構えて突進してきた。
彼らの銃は星光をまとう長銃――一発ごとに影を吹き飛ばす威力がある。
次々と放たれる光の弾丸が夜を照らし、☆1の列を押しのけて前進していく。
「危ない! どけっ!」
「ひぃっ……!」
ユナは瓦礫の陰に飛び込んだ。銃撃の轟音が耳をつんざく。
瓦礫に当たった弾丸の光が弾け、熱が頬をかすめた。
(☆2……やっぱり、全然違う……)
ライフルの一撃で、群がっていた影人たちは次々と霧散していった。
だが、☆2の人々は☆1に目もくれない。助ける様子もなく、まるで道端の石ころを避けるように、ただ前へと進んでいく。
――星階が違えば、命の重さも違う。
胸の奥に、冷たい何かが沈んだ。
やがて、戦闘の余韻だけが残った廃墟の通りに、風が吹き抜けた。
瓦礫の影で膝をつき、ユナは深く息を吐く。
銃を握る手はまだ震えている。でも――生き残った。
(……怖かった。でも……今の一発で、わかった)
引き金を引いたときの胸の高鳴り。
弾が放たれる瞬間、なにか“内側の光”が反応した感覚。
この一発には、ただの銃弾以上の意味がある。ユナは直感的にそう感じていた。
「……行こう」
ユナは立ち上がり、瓦礫の間を駆け抜ける。
夜の都市の奥――そこにはまだ、星喰竜も川庭園も、そして数え切れない危険が待っていることを、このときの彼女はまだ知らなかった。




