8話 星狩りの街(シティ・オブ・スターハント)
――目を開けた瞬間、空が割れていた。
ひび割れた夜空の隙間から、星が一滴ずつ、まるで水滴のように落ちている。
地面に触れると、星は“硬貨”のような形に変わり、カランと乾いた音を立てた。
「……ここは……どこ……?」
ユナはゆっくりと身体を起こした。
周囲は見知らぬ街だった。石畳の通りに古びた街灯が並び、空には星図のような線が浮かんでいる。しかし、星冠城で見たものとはまるで違う。
建物の上には鉄の看板が掲げられ、そこにはこう刻まれていた。
『観測外管理区画 第3星域 登録都市:スターハント』
「観測……外?」
ユナは呟いた瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走る。
観測の核で差し出した“記憶”――その一部がまだ戻っていない。脳裏には、ぼんやりとした光の断片しか浮かばない。
背中の断星銃はそのまま。竜の姿は……ない。
カイも、セレナも、ここにはいなかった。
「……一人、か」
ひとりごとが空気に溶ける。
しかし、この街は妙に“静か”だ。まるで全員がどこかで息をひそめているような、張りつめた空気が漂っていた。
ユナが歩き出したその時だった。
頭上のスピーカーから、無機質な声が響き渡る。
《新規来訪者を確認。観測外居住権の仮発行を開始します》
《登録者名:ユナ。階級:空白》
《現在時刻より2時間後、“第一星狩り戦”が開始されます》
《生存のため、星を確保してください》
「……なに、それ……?」
空白――あの時、観測を書き換えた証。
でも、それがこの街ではまるで「階級の一種」として認識されている。
視界の端で、通りの角にいた人々がざわついた。
フードをかぶった青年が小声で呟く。
「ブランクが……来た……本物だ」
「ハントに混ざるのか?あいつ……」
「いや、狙われるに決まってる。ブランクは“特別な星”を持ってるって……」
視線が一斉にユナに集まる。敵意と好奇心、両方が入り混じった空気だった。
ユナはとっさに断星銃に手を添える。だが、誰も攻撃はしてこない。むしろ“ルール”を守っているように見えた。
(……この街、普通じゃない。何か“仕組み”がある)
その時、目の前の広場にある大きな時計塔の壁が、まるでスクリーンのように光り始めた。
光の中に現れたのは、仮面をつけた女性の姿だった。顔は星型の仮面で隠され、声は加工されている。
「ようこそ、新参者たち。ここは“観測の外”、星狩りの街。
ここでは、生きるためには“星”を奪い合う。それが唯一のルールよ」
街全体がしんと静まりかえる。
「2時間後、第一星狩り戦が始まる。
星を奪えなければ、観測権を失い、この街から――消える」
仮面の女は手を広げ、空から落ちていた星を拾い上げると、それを指先で弾いた。
星は空中で砕け、まるで命が消えるように消滅した。
「ブランク・スター、ユナ。あなたは特別よ。
この街では、“誰もがあなたを狙う理由”を持っている」
女が笑った。ぞくりとするほど冷たい声だった。
「……面白そうな場所じゃないか」
背後から声がした。
振り返ると、肩に傷跡を持つ青年が立っていた。ユナと同じ年頃だが、目が鋭い。腰には見たことのない形の銃。星を組み合わせたような装飾が施されている。
「名前はカイト。ここじゃ“星喰い(スターディーラー)”って呼ばれてる」
「……カイト?」
「お前、初めてだろ。“星狩り戦”、説明してやるよ。逃げてもいいけど……その場合は、誰かの星になって終わりだ」
カイトは軽く笑いながら、星の硬貨を指先で弾いた。
その音は、不気味なほどよく響いた。
空はひび割れたまま、星が降り続けている。
2時間後、この街で始まるのは「狩り」。
ユナは無意識に、断星銃の冷たい感触を確かめた。
(……また、戦いが始まる)
だが、これは前のような“外敵”との戦いではない。
人と人、星と星、そして新しい階級を巡る、もうひとつの世界のゲームだった。




