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第一話・転校生は突然に

 京都の夏は暑い。陽炎に揺れる東山を窓越しに見つめながら、白澤由衣はそんなことを考えていた。由衣が通う洛陽院学院2年2組の教室は、夏休み目前にしてクーラーが故障しており、窓を全開にして凌いでいる状況だった。


「おはようございまーす」


担任の加美山先生が気の抜けた挨拶と共に教室に入ってくる。

30歳の彼はいつも脱力感があって、一部の女子によくイジられているがなんだかんだ学校で一番人気がある、不思議な魅力の先生だった。


「今日はみんなにお知らせがあります」


加美山先生は改まった顔で言った。


「先言っとくぞ、叫ぶのなしな。注意するのめんどくさい」


何ー?というオーディエンスの声にお応えして、先生が口を開く。


「このクラスに転校生が来ます!」


教室から歓声が上がった。見事なフリの回収だった。


「2秒前の話聞いてた?」


先生が苦笑いする。


「まあいい、おっけおっけ。じゃあもう呼ぶから、温かい拍手で迎えてあげて」


先生は入り口を振り返り、どうぞと声をかけた。


 引き戸が開き、一人の男子生徒が姿を現した。

「へっ?」「やばっ」という女子の甘い声が立て続けに漏れた。


 教卓の前に立ったのは、少し癖っ毛のある黒髪に透き通るような白い肌の、中性的な顔立ちの青年だった。上下ともに長い睫毛の奥で、吸い込まれてしまいそうなダークブラウンの瞳がのぞいている。青年は落ち着いた様子で教室の中を一通り見渡し、由衣と目が合ったところで一瞬動きを止めた。由衣は思わず心拍数が上がるのを感じ、目を逸らした。


「じゃあ自己紹介お願いしますぅー」


先生が言った。


「こんにちは、下鴨高校から転校してきた九重新です。よろしくお願いします」


(ここのえ…?)


珍しい苗字だ、と由衣は思った。


「新の一文字で”あらた”って読むんだね」


黒板に名前を書きながら、加美山先生が言った。


「いい名前ですねー。さて、新くんに質問ある人いますか?」


ちらほらと手が上がる。


「彼女いますか?」


女子生徒の一発目からの踏み込んだ質問に、笑いが起きる。


「いません、いたことないです」


新が冷静な声色で言う。

へ〜という、驚きと何かへの期待を込めた女子たちの声が漏れる。


「はい!」


由衣の隣の女子が手を挙げた。有紗だ。由衣とは中学からの親友で、お互いに自分にないものを補い合えているようでとても居心地がいい。


 先生に当てられた有紗は、嬉しそうに由衣を見やると立ち上がった。


「甘いものは好きですか?」


「好きです」


新の表情が少しほころぶ。


「えっ、じゃあ河原町におすすめのお店ありますよ。パフェなんですけど」


「へえ、行きたい」


「行きましょ」


そう言うと有紗は座り、由衣の方を向くといたずらっぽく笑みを浮かべた。

由衣は感心した。有紗は人との距離の詰め方が上手い。由衣とはまさに正反対だ。


 先生は質問コーナーを終わらせると、新に窓側の一番後ろの席に座るよう告げた。



 授業が始まって数分。由衣は真剣に授業に聞き入っていた。ノートをとろうとシャーペンに手を伸ばした時、柔らかい風が由衣の肩上で切り揃えられた黒髪を揺らした。


 ふと、風が吹き込んだ窓の方に目をやると、斜め左後ろの生徒と目が合った。新だった。新は教科書も筆記具も出さず、ただ由衣を見ている。偶然目が合ったわけではなく、まるで何かを観察するようにこちらを見つめている。


 由衣はぞくっとして視線を逸らした。助けを求めて有紗を見たが、彼女は睡魔との戦いに負けたようだった。


 1時間目の授業の後、由衣は教室移動の準備をしていた。その時。


「白澤由衣、だよな」


顔を上げると、新が目の前に立っていた。


「えっ」


由衣は思わず聞き返す。突然話しかけられたから、だけではない。その真剣な表情に思わず面食らってしまったのだ。


「うん、そうだよ。九重くんだよね、よろしく」


由衣は1時間目のこともあって、できるだけ穏便に、にこやかに対応しようと思った。


 だが、次の瞬間だった。新は由衣の手を掴むと、廊下へと連れ出した。


「えっ、何?」


「由衣ちゃんがイケメンに攫われたんだけど」


周りの反応、特に女子たちの呟きに、由衣は顔が真っ赤になるのがわかった。


「えっ、ちょっ、九重くん?」


由衣の呼びかけを無視し、新は廊下を進んでいく。そして奥の階段までくると、壁の影に由衣を押し込んだ。


「もう一度聞くぞ、白澤由衣で間違いないな?」


「う、うん、そうだけど…よ、よろしくね」


「違う、挨拶はもういい」


新は由衣の瞳をまっすぐ見つめている。由衣の顔がますます紅潮する。


「あ、あの、九重くん?」


「やっと見つけた」


新は確信めいた言い方で呟いた。彼の整った鼻筋がもう目の前に迫っている。新品の制服の匂いと、シャンプーか何かの匂いが混じり合って漂ってくる。


「こっ、九重くん?」


由衣は暑くて溶けてしまいそうだった。


「あんた死ぬよ、白澤由衣。この夏が終わる前にな」


言葉の意味が理解できず、由衣はただ、まっすぐな彼の眼差しを見つめ返すことしかできなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

以前からずっと書きたかった陰陽師もの。着地点は決まっていますが、そこまで上手に飛べるかどうか・・・。


更新頻度をキープしていこうと思っていますので、ぜひちょっとしたスキマ時間にでも読んでいただけたら光栄です。よろしくお願いします!

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