第9話 奪われる前に、差し出した300円
翌朝、ポニョは「朝食を作ったよ」とLINEしてきた。
メニューは、ガパオライス。
写メには、目玉焼きが綺麗にのった、まるでカフェのような皿。
『宗介さん、味はどうですか?』
「どれどれ……モグモグ。んー美味しい!
ポニョは本当に料理が上手ですね!」
そう返しながら、心で泣いていた。
俺は――何をしているんだろう。
スマホ越しの“嘘の温かさ”に、胸を締めつけられていた。
でも――楽しい。
林静は心を開いたように、朝から晩までLINEをくれる。
レスポンスは秒単位で返ってくる。
こんな光レスポンスをする人間、今まで出会ったことがなかった。
話題は、いつの間にかアニメ談義へ。
中でも、林静はワンピースの“ハンコック”が大好きらしい。
俺もつられて熱く語った。
好きなキャラ、好きな回、泣いたシーン、理想のセリフ。
林静の知識量は本物だった。
語彙と視点に、詐欺師らしからぬ“愛”があった。
そして俺は、ひとつのことを思いついた。
LINEスタンプをプレゼントしよう。
ワンピースのスタンプ。300円。
たったそれだけ。だけど、俺にできるささやかな感謝だった。
俺は貧乏だ。奪われる金など無い。
それに――林静は、俺に実害を与えるのは不可能だ。
むしろ、この交流が
彼女に、いや“ポニョ”にとっての小さな救いになればと――
俺は、祈るようにスタンプを贈った。
宗介からポニョへ。
ふざけてるようで、本気の贈り物だった。
だが、
その“たったひとつの好意”が、
宗介とポニョを終わらせる引き金になるとは、
――その時の俺は、まだ知る由もなかった。
『プレゼントありがとうございます! ! !とても嬉しい!』
子供のように送ったLINEスタンプを連打してはしゃぐポニョ。
……こんなに素直に喜ばれたの、いつぶりだろうか。
その喜びように俺の心も満たされた。
俺は昔から割と物を渡す側の人間だった。
過去に行きつけの飲み屋で誰かが誕生日だというと、皆でプレゼントを渡し合っていた。
当然俺も渡した。
俺の誕生日、皆忘れてた。
「今日、俺の誕生日…」その一言で場が凍った。
気まずい空気、あの沈黙。
地獄の空気になったあの日、忘れない。
別の誕生日、元カノが俺にポテロングを三個持ってきた。
値段じゃない気持ちだからな。ありがたく受け取ったよ。
ある日、職場の同僚男性の誕生日だと、プレゼント買うの付き合わされた。そこそこ高いタバコケース買ってたよな。忘れない。
そう、俺は与える側で、ほとんど何も返ってこなかった。
しかし、ポニョのこのリアクションは、どんな“物”より温かかった。
ポニョは何かを俺にくれたわけではない。
しかしこの満たされる気持ち、そのリアクションが何よりもの嬉しいプレゼントだった。
たとえ嘘だとしても、この「嬉しい!」って感情を返してくれる誰かがいるってことが――
もう、それだけで嬉しかった。




