第8話 奪えるものは何もない
オレから奪える金なんて、ねえよ。
そう思っていた俺は、最後の砦として“無価値”をアピールすることにした。
これで林静――ポニョが、どう出るかだ。
「実は、私がこうしてあなたとやり取りできているのは、私には奪われるような財産や余裕がないからだと思っています。
もし私がたくさんのものを持っていたら、逆にもっと警戒して、こうしてやり取りすることもなかったかもしれません。
でも、そういう私にも、あなたが丁寧にLINEをくれて、ちゃんと向き合ってくれていると感じられることは、少しだけ私の警戒心を和らげてくれます。
だから、今のように“お互い何も求めずに話せる”関係は、案外心地良いです。」
どうだ林静。
それでも君と俺は――ポニョと宗介でいられるのかい?
これで返信が途絶えたら……
一抹の不安が胸をかすめる。
ピヨン!
鳴った!
即座にLINEを開いた。
『率直に自分の気持ちを話してくれてありがとう。あなたの気持ちはよく理解できます。
確かに、プレッシャーを感じずに自然に話す方が心地よいものですよね。
私もあなたとの誠実な交流を大切に思っていて、これからもお互いに何も気にせず、自由に思いを共有できる関係を続けていけたら嬉しいです。』
――まだ、ポニョと宗介でいられるのだな。
それにしても、日本語スキルが爆速で上達してないか?
AIかお前は。いや詐欺だろ。
でも、もういい。
これ以上、疑うような言葉を投げかけるのはやめよう。
今度は俺が、ポニョを楽しませる番だ。
アニメが好きなら、これを見せたら喜ぶかもしれない。
昔、UFOキャッチャーで集めたフィギュアたち――
その中から、スパイファミリーのアーニャとヨルさんの写メを送信した。
『めっちゃ可愛いですね、私も大好きです!
包装を解いてみてもいいですか?』
俺は基本、フィギュアは箱から出さない主義だ。
でも――ポニョが本当に日本に来るなら、そのままあげてもいい。
「これ、まだ一度も開けていないんです。
機会があれば、ポニョにあげますよ」
『本当ですか!
私はすぐに日本へ旅行に行く予定なので、その時はよろしくお願いします!』
「でも日本に来ればたくさん売ってますよ。
これは全部UFOキャッチャーで取りました。
でもなかなか取れないので、買った方が安いです(笑)」
『宗介さん、ハハ、確かにUFOキャッチャーはなかなか取れないですよね。
買った方が早いし安いかもしれません。
でも、一度取れると達成感があって、やっぱり楽しいですよね!
今度はポニョがチャレンジしてみますね。
宗介さんが隣で教えてくれたら、もっと成功できそうな気がします(ハート)』
はぅ!
心を撃ち抜かれた。奪われた。
林静と二人、ゲーセンの音に包まれて、UFOキャッチャーの前で笑ってる――
そんなありもしない妄想が、静かに俺の脳内を満たしていた。
奪われる金なんて、もともと無い。
でも、心の余白は――簡単に持ってかれるものなのだ。